BRST!



ガチャリ、鍵を差し込んではノブを回し、見慣れた店内へと足を踏み入れた。




「……、」


変な気分だ。

泥棒にでもなったような――…嗚呼、大して変わらないか。




カウンターの奥に、人目に付かないように置かれているビンにそっと手を添えた。



「……凄いな。」


それこそ数週間前に比べればマシになっているものの、ビンから溢れんばかりの禍々しい空気。

コルクが無ければ、この部屋全体を呑みこんでしまいそうだ。




それを暫く見つめてから、手中にある嘗《かつ》てのペアリングに視線を落とす。




微細ではあるがその"装飾石"が放つ淀んだ雰囲気に、何故今まで気付かなかったのかと自責の念に駆られた。





カツン、と。

歩を進める度に、静かな店内に音が響き渡る。




薄暗い店内に柔な光が差し込み、もう直ぐで夜明けだと気付く。

何時までも頭を占める稜と兄貴の顔を振り払うように、携帯電話の電源を落とした。




バッグに例のビンとペアリングを押し込み、再度鍵を差し込んでバーをあとにする。

――…最後まで、俺が振り返ることは無かった。


< 889 / 945 >

この作品をシェア

pagetop