もう一度〜あなたしか見えない〜
「時間がないから、単刀直入に言う。お前に慰謝料を請求する。」 


「えっ?」


5年ぶりに姿を現した愛しい人の変わり果てた様子に、戸惑っていた私に浴びせられた意外な言葉。私が言葉を失っていると、元夫は厳しい口調で、言葉を続ける。


「あれだけ俺を苦しめ、虚仮にしたにも関わらず、お前は、お前達は何も失っていない。」


私を睨むように見る元夫。


「何事もなかったかのように、のほほんと生きてるだけだ。許せん、絶対に許せん。」


この人は本当に私が愛したあの人なのだろうか?その言動に違和感しか感じない。


元夫と過ごした11年の間、私はこの人から「お前」と呼ばれたことはなかった。一人称はいつも「僕」だった。本当に穏やかな、優しい人だった・・・。


「あなたには申し訳ないことをしたと思っています。ですが、あなたはあの時、謝罪の言葉も求めず、慰謝料の受け取りも拒みました。」


「全く、愚かだったよ、俺は。後悔してるよ。」


吐き捨てるように言う元夫。


「お前達の良心を信じ、せめて慎ましやかに人生を送ってくれれば、それでいいなんて、格好付けた俺がバカだった。なぁ、お前、確か弁護士に『私なりに夫に償いながら、これからの人生を送る』とか、殊勝なことを言ったらしいが、この5年、実際に何をした?俺に何を償ってくれた?ただのほほんと暮らして来ただけじゃないのか?えっ、営業部第二主任殿。」


私の今の会社での役職を憎々しげに口にする元夫。


「1000万だ。」


「えっ?」


「あの男と折半でも構わんぞ。とにかくすぐに用意しろ。」


そう言い放つ元夫を私は、呆然と見つめていた。
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