もう一度〜あなたしか見えない〜
「おい。」


物陰から野太い声が。嫌だなぁと思いながら、関わり合いにならないように、足を速めると


「無視する気か。」


との声の追い打ちが。まさか私に呼び掛けてるの?と恐る恐る振り返った私は、そのまま立ち尽くす。だってそこに立っていたのは・・・。


「あなた・・・。」


そうだ、紛れもなく、私が恋焦がれて来た人の姿が。でも・・・。


「久しぶりだな。」


と私を見ているその人は、私が知っている、私の心の中にいるあの夫の姿には程遠い。顔には無精ひげ、着ている服はヨレヨレ。一瞬、よく似た別人かと思ったけど、私があの人を見間違えるはずはない。だけど・・・。


「お前に話がある。一緒に来てくれ。」


周囲にいた何人かの顔見知りの社員が心配そうに私を見る。知らない人から見れば、今のあの人は不審者にしか見えなくても、不思議はない。


そんな彼らに大丈夫と言うように頷いて見せると、私は、元夫の後を追う。


「待って、どこまで行くの?」


私が付いて来てるのを確認しようともせず、早足で歩く元夫を、私は懸命に追う。昔は私が遅れないように、いつも気を遣ってくれていたのに・・・。


「うるさい連中がいたからな。もうこの辺でいいだろう。」


オフィス街の死角のようになっている、人通りの少ない場所に着くと、元夫はようやく足を止めた。


「いくら電話しても、出なかったからな。それで仕方なく、会社の前で待たせてもらった。」


「連絡くれてたの?え、まさか・・・。」


度重なる公衆電話からの着信、あれはこの人からのものだったのか・・・私はようやくこの時、気付いた。
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