もう一度〜あなたしか見えない〜
女1人の居酒屋の居心地は、すこぶる悪く、食事を済ませると、私はそそくさと店を出た。


駅に向かって歩き出した私は、視線を感じて、立ち止まった。


「そんな所に隠れてないで、出てきなよ。」


私がその視線の方に向かって呼び掛けると、元夫が躊躇いながら姿を見せる。


「どこまで帰るのか知らないけど、駅には行くんでしょ?一緒に歩こ。」


そう言って、また歩き出すと、元夫も後に続くように歩き出す。


しばらく黙って歩いていたが、意を決して、私は聞いた。


「どうして会社、辞めちゃったの?」


その私の問いに、一瞬ハッとしたような仕草を見せた元夫だけど、私の方を見ることなく、黙って歩き続ける。


「あんなにやりがい持って、一所懸命に仕事してたのに・・・。ちょっと前に、あなたのお友達に偶然会ったの。どうしてるかって心配してたよ。」


本当は偶然じゃないけどね・・・。


「携帯もないんじゃ、連絡の取りようもないだろうけど、もう誰とも付き合いないの?」


「・・・。」


「全部私のせいなんだよね。」


その言葉に、足を止めて、私の方を見る元夫。


「結局、制裁してないんでしょ、彼にも。」


「・・・。」


「優し過ぎるよ、お人好し過ぎるよ。なのに、そんなあなたを恐喝まがいのことをしなきゃならないまで、追い詰めたのは、結局私なんだよね。」


「・・・。」


唇を噛み締め、うつむき加減に、しかし何も言葉を発しない元夫。


「あと200万・・・お支払いします。」


その私の言葉に、驚いたように顔を上げる元夫。


「言っとくけど、同情とか口止め料とかじゃないよ。これは本来なら、5年前にあなたが手にして当然だったお金。弁護士さんから、そう聞いています。」


「・・・。」


「彼と折半で、っていうことなんだろうけど、今更どうしようもない。私がお支払いします。ただし・・・さすがに一括は無理。とりあえずは100、明後日まで待てる?」


「ああ。」


ようやく元夫が口を開いた。


「じゃ、明後日の夜・・・9時にしようか。私の家まで取りに来て。」


その私の言葉に、困惑の表情を浮かべる元夫。


「私の家、知ってるんでしょ?」


「いや。」


やっぱりな、そう思いながら、私はバッグからメモを取り出した。


「住所はここ。悪いけど行き方は自分で調べてくれる?じゃ、明後日。」


そう言うとメモを手に立ち止まったままの元夫を残して、私は歩き出した。
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