氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
想像していたような痛みなどは、全くなかった。

なかったどころか――逆に快感が過ぎて途中で息ができなくなり、額に張り付いた髪を氷雨に払ってもらいながら目の中を覗き込まれた。


「大丈夫か?」


「はい…。氷雨さんも、汗すごい…」


腕で額に伝う汗を拭った氷雨は、肩で大きく息をしている朧に笑いかけて息をついた。

その息は本来他者が浴びれば凍り付くほど冷たいものだが、朧には何ら影響はない。

それが心が通じ合っているひとつの証だと氷雨に教えてもらった朧は、覆い被さっている氷雨の鍛え抜かれた胸にそっと手を添えた。


「私は明日あなたを忘れてしまうでしょうか…」


「忘れたっていい。俺はお前を忘れないし、諦めない。お前もきっとまた俺を好きになってくれる。つーか…このまま忘れられたらそれこそ先代…お前の父ちゃんに離縁させられちまう」


朧の息が整うまで待っていた氷雨は、まだ若くて瑞々しい肢体を指でなぞりながら唇を重ねた。


「その時はきっと朔兄様たちが反対してくれます」


「そうだな、あいつらを信じてるよ」


氷雨を信じているし、兄たちも信じている。

例え自分がまたおかしくなったとしても、きっと皆が助けてくれる。

そしてきっと、望のことも。


――そして疲れ果てた朧が眠りに落ちると、氷雨は腕枕をしてやっていた腕を抜いてそっと部屋を離れた。

居間に戻って天満と合流したが、天満は一瞬顔をちらりと見ただけで微笑み、何も訊いてはこなかった。

そして翌朝――


「あなたは…誰…!?」


「俺?俺はお前ら鬼頭家の餓鬼たちのお目付け役だよ」


昨日の朝を繰り返し、にかっと笑った。



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