氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
望の父――流水(りゅうすい)は美しい男だった。

ただその表情には何ら感情が浮かんでおらず、朔の殺気にあてられてやや身じろぎしただけ。

逆に流水と朔の殺気にあてられた望が大きな声で泣き始めると、伊能は望の身体を拭いてやった後、朧の腕に抱かせてやった。


「もう一度言ってみろ。毒なる血とはどういう意味だ?」


「鬼頭の家は代々その血筋を残すため名家と縁を結んできたはず。だがそれは先代が人を嫁に迎えたことで途切れたと言う噂だった。しかし半妖のはずなのに、主からは才気に満ち溢れた力を感じる」


「つまり母の血が毒なる血だと?残念だが母の血が加わったことで俺たちはさらなる進化を遂げることとなった。妖と人が結ばれる世などお前には想像できないだろうが、俺たちにはできる」


「…」


流水がちらりと望を見た。

いや、望というより――朧を見た。

朔に歩み寄りかけていた氷雨は足を止めて片腕を広げて朧を庇うようにして真っ青な目の中に白い炎を揺らめかせた。


「なに見てんだお前」


「…その娘はあれの母親に似ている」


…氷雨たちが村に到着した時すでに望の母親は虫の息で、顔はあまり見ていないが…人にしては整った顔をしていたと思う。

だが朧は明らかに人外の美しさであり、似ているとは思えなかったが――

流水の無表情の中に微笑がたゆたっているのが見えて、強く睨みつけた。


「見んな。それは俺のだ」


自分の怒りより――朔だ。

結界を破って流水に詰め寄らんばかりの勢いだったため、氷雨は朧の警護を天満に任せて朔の腕をやんわり掴んだ。


「主さま、落ち着け」


「うるさい、黙っていろ」


…聞く耳持たず。

朔が暴走するとやばいことになるのは必然なため、若干我が命を懸けて少し強く腕を掴んだ。

< 224 / 281 >

この作品をシェア

pagetop