氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
名など与える必要がない――その意味を考えた。

嘲笑するような響きを込めたその言葉には正しく憎悪の言霊が宿り、我が子への愛しさは皆無で無機質でとても恐ろしいものに思えた。


「悪いがお前のその様子では望を渡すつもりはない。できれば穏便に済ませたいんだが」


「‟それ”は俺の血を引いている。故に俺の好きにさせてもらう」


全く引くつもりはないらしく、この結界が無くなった瞬間襲い掛かってきそうな緊迫感が漂った。

どうしようかと考えていると――男は考え込む朔の顔をじっと見て感心したように軽く鼻を鳴らした。


「百鬼夜行の主の家系に毒なる血が混じったとは聞いていたが…なんと美しいことよ。人と交わってなおその強さと美貌か。血筋のなぜる業か」


「…毒なる血?」


今度は朔からじわりと殺気が滲み出たため、朧を背後に庇っていた氷雨が動こうとした時――背後からつんと背中を突かれて油断なく警戒しながら肩越しに振り返った。


「朧?」


「お師匠…様…私…」


‟お師匠様”と久々に呼ばれて目を見開いた氷雨は、朧の美しい黒瞳にかかっていた霧が晴れたような表情をしていることで、望の呪縛が完全に解けたと理解した。


「やっと元に戻ったか朧」


「私今までどうして…氷雨さんを忘れていられたんでしょう…やだ…ごめんなさい…」


「いや、元に戻ったんならいいって。それよりその話は後でしようぜ。今はあっちが大変だ」


朔は本来好戦的で血の気が多い。

一度切れると辺りを一変させるほど暴れることがあり、その兆しが見えることから銀も天満も望の父より朔を警戒していた。


「雪男、ちゃんと朔兄を止めてよね」


「おう、任せとけ」


案はなかったが、それは自分の役目。

そろりそろりと朔に近付いた。
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