氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
それからまた数日観察した。

その間に女はまた夜更けにあの家を訪れては夜明け頃出て来る。

その家も観察してみた。

小さな村の中で一番大きな家には家族が住んでいて、村長らしき男は恰幅が良く貧しい暮らしのはずなのに腹が出ている。

その家を時折訪れては疲れた顔をして帰る女はいつも意気消沈していて、元気がなかった。


「一体なんだと言うんだ…」


毎日軒下に山菜を置いては様子を見てきたけれど、あの家を訪れた後は必ず元気がないため、猪を狩って捌き、それを置こうと軒下で身を屈めた時――


「あなたはどなたですか…?」


「…!」


油断していた。

毎回寝る時機を見計らって訪れていたため、今回も問題ないと思っていたら――


「あなたがいつも私に食べ物を届けて下さったんですか…?」


か細い女の声に、なにやら身体の底から寒気のようなものがした。

そんな感覚を覚えたのははじめてのことで、言葉が出てこなくなって、とりあえず肉を軒下に置いた。


「何か言って…。あなたは、誰?」


戸を挟んですぐそこに、女が居る。

こんなに近付いたことがなく、喉の渇きのようなものを覚えながらも、なんとか言葉を振り絞った。


「流水…と言う…」


「流水さん、ですか…。あなたはどうして私に施しを与えて下さるんですか?」


そう問われると、何故か自分でも分からなかった。

何故?

何故何故何故何故――?

自問を繰り返しても、頭が真っ白になってしまって何も考えられなくなった。


「…分からない」


ぽつりと呟いた時――引き戸がゆっくり動いた。

身構えようとしたが身体は動かず、流水と女ははじめて、対峙した。
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