氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
そろそろ潮時だ――

鬼憑きの習性は、執着した者の記憶を食い、生気を奪い、死に至らしめる。

綾乃にはまだその兆候はないものの、いずれ必ず現れる。

認めたくはないものの、この時流水は綾乃に対する執着が何であるかを自覚していた。


「礼を思いついた」


「…え?」


今まで手を貸してきてやった礼を思いついたと無表情で言った流水に対して綾乃は表情が引きつり、紅を引く手を止めた。


「ようやく思いついた。礼は…何もしなくていい」


「で、ですが!それでは申し訳が立ちません!こんなに良くして頂いて、ひとりで生活ができるようにもなったのに…」


「だからもう俺が居なくともいいだろうが。長居しすぎた。そろそろまた旅に出る」


綾乃と目を合わせず吐き捨てるように言った流水は、腰を上げて戸を開けると、星の瞬く夜空を見上げた。


「ま、待って下さい!納得がいきません!何か思いつくまで…せめてあと数日傍に居て下さい!」


「…いや、これ以上は無理だ」


何故ならば、お前が死んでしまうから。


――それは本意ではなく、自らの手でみすぼらしかった女を劇的に変えることができた満足感は十分にあった。

だから、悔いはない。

そう思い込もうとしていた。


「流水さん!」


「…!」


職人を呼んで随分立派になった家から一歩出ようとした時――綾乃が背中に抱き着いてきた。

今までずっと触れずに細心の注意を払ってきたというのに、こんなことでは…たかが外れてしまうかもしれない。


「離れろ!」


「いやです!流水さん、私の気持ち…知っているんでしょう!?」


言葉に詰まった。

言葉に詰まり――さらに綾乃に強く抱き着かれて、思考が停止した。
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