氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
ゆっくりとした時を過ごしたふたりは、夜明け前に鬼陸奥を発った。

氷雨の心情を慮った朧からの提案であり、その思いやりをありがたく受け取った氷雨は猫又に乗り込んで一路幽玄町に向かい、昼前には着いて庭に降り立った。


「えーと、主さまは…」


きょろりと辺りを見回すと、朔の部屋の障子が少しだけ開いて、少しだけ顔を出した後部屋から出て来た。


「帰って来たか」


「おかげさまですげえゆっくりできたよ。ありがとな」


「ん。お前が一日居なかっただけで、あれを見ろ」


居間の机の上には各地から届いた文が山のように乗せられていた。

その中の何割かはうちの娘をどうかという見合い希望のものが多いが、氷雨は肩を竦めて山のような文の前に座った。


「これ…俺新婚旅行行けんの?」


「父様たちに手伝ってもらう。いつから行く?」


氷雨が口ごもりながら行き先は如月の元だと告げると、朔は目を丸くして座椅子に身体を預けて腕を組んだ。


「それは…お前の気苦労が増えるだけじゃないのか?」


「いや、まあそうなんだけどさ…朧が仲良くしとけって言うから。後の俺の役目を考えると、色々話を聞いておいた方がいいだろうし、頑張ります…」


「お前の力が衰えたら裏方に回ってもらう。それまでは今まで通りだ」


「衰えねえよ。俺まだ若い方だし」


――妖の年齢は外見では到底判断できない。

氷雨が十六夜の代に百鬼として加わった時はまだとても若かったし、雪男雪女の平均寿命にはまだまだ程遠い。


「そうか、それはそうだな」


どこか満足げに笑った朔の頭をぐりぐり撫でると少し嬉しそうにしたため、こいつもまだまだ甘えん坊だなと兄貴風を吹かせた氷雨は、朔の膝に大量の文を乗せて腕まくり。


「さて、片付けようぜ。百鬼夜行までには全部終わらせよう」


「ん」


ああでもないこうでもないと議論しながら、いつもの日常を過ごした。
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