氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
氷雨と朧の目立ち方は尋常ではなかった。

妖にとって美しい人型の容姿は憧れであり、透き通るような肌と真っ青な目と髪の氷雨は女たちに吐息を漏れさせた。

朧は目が少し吊っていて切れ長で気が強そうに見えるが、その唇は何度奪っても飽きないだろうと思わせるふくよかさでいながらも折れてしまいそうな細い身体――男たちが目を奪われないはずがない。

朧車は集落の外に待機させていたが、猫又はぴったり朧に寄り添って大きな目をぎらぎらさせて警戒していたが、この猫又もまた多く存在する猫又の中では古参に類する妖。

あれはもしや百鬼夜行の…という噂がまことしやかに流れる中、そう言われるのを覚悟していた氷雨は、隠れることなく団子屋でみたらし団子を頬張っていた。


「私、こうして幽玄町じゃない所に行くのってほどんとなかったから珍しくて目移りしちゃう」


「嘘言うなよ。俺から逃げてた時あちこち集落に寄ってたじゃん。追いかけんのめっちゃ苦労したんだぞ」


「よ、寄っただけだもん。こんなにのんびりしなかったもんっ」


焦って言い訳をする朧の口の端にたれが少しついていて、それを指で拭ってぺろっと舐めた氷雨は、その仕草だけでその場に居た女たちをうっとりさせた。

むっとした朧は、日頃氷雨が朔の傍に居なくてはならずあまり外出しないことに心から感謝した。


「でも色々買ってもらっちゃった。全部可愛くて、つけるのもったいないな…」


「つけてくれるとお前がもっと可愛くなるからつけてほしいなー」


「そ…そうですか?えへへ…」


朧が照れて笑うと、今度は男たちが鼻の下を伸ばして氷雨がむっ。


「よし、そろそろ出ようぜ。猫又、鰹節買ってやるぞ」


「やったにゃ!」


店の外に待機させていた猫又に鰹節を買ってやった後、朧の気が済むまであちこち散策して能登に向かった。


「気持ちいいー!」


春風が心地よくて、御簾を全開にしてふたりでごろごろした。
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