氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
「よく来たな!私の愛玩物!」


「べっ、別にお前のじゃねえし!」


――能登について早々、氷雨は災難…いや、災害に襲われていた。

如月が嫁いだ家は鬼族の中でも旧家であり、幽玄町の屋敷ほどではないがそれなりに大きな屋敷で佇まいはとても素晴らしい。

その屋敷の奥から肩で風を切って現れた如月は、唇を吊り上げて笑い、着いて早々氷雨を戦慄させていた。


「ああ朧、お前の祝言はとても素晴らしかったよ、さすが私の妹だ」


「如月姉様っ」


むぎゅっと抱き着いた朧だったが、氷雨は足が凍り付いてしまってそこから動けず、いかにも気の強そうな美貌の如月の口元をさらに吊り上げさせていた。


「まさか貴様自らが私の懐に飛び込んでくるとは思っていなかったぞ。とうとう私に愛玩される覚悟をしたんだろう?」


「違う!断固として違う!朧が来たがったから来たに決まってんだろうが!」


「はははは、恥ずかしがるな愛い奴め」


「駄目だ、話が通じねえ…」


絶望に苛まれていると――屋敷の奥から出て来たひとりの男によって、氷雨は救われた。


「如ちゃん、あんまりからかうと本当に嫌われちゃうよ」


「うるさいぞ泉(いずみ)。あと人前で如ちゃんと言うのをやめろ!」


「えー?だって如ちゃんは如ちゃんだし」


…見るからに、ぽやっとした男だ。

鬼族とは到底思えない穏やかな顔立ちで、眉が下がり、いかにも気性が穏やかそうでいて騙されやすそうな柔和な美貌の男だった。

現れるや否や如月から剣幕荒く捲し立てられたものの、泉は一切堪えた様子がなく、歩み寄って朧の頭を撫でた。


「水鏡で何度も会っているからはじめましてじゃないけど、はじめまして。実際会ってみると本当に可愛いなあ」


「お義兄様、数日お世話になります。お会いできて嬉しいっ」


泉は頬を赤らめた朧の頭をまた撫でて、硬直したままの氷雨の肩をぽんぽんと叩いて耳打ち。


「僕が居ますから大丈夫ですよー」


「いやもう本当に!頼りにしてるから!」


「そこ、こそこそ話すな!雪男…貴様もう覚悟しているだろうと思うが、覚悟しておけよ」


…やっぱり来るんじゃなかったと後悔しまくりの氷雨だった。
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