氷雨逆巻く天つ風の夜に【完】
如月にとんでもない情報量を詰め込まれて疲弊した氷雨は、昼を過ぎてようやく解放されて大の字になっていた。


「如月姉様、お庭を案内して下さいっ」


「ああいいぞ、その前にお前の髪を結わせてくれ。昨日から触ってみたかったんだ」


如月自身もとても長くて美しい髪をしていたが、無造作にひとつに束ねていて、しかも――上質な緋色の着物を着ているものの、裾がやけに短い。

小さな頃から大股で歩く癖があり、今も氷雨の前で大股で朧に歩み寄ってどすんと座り、胡坐をかく――あの頃と何も変わっていない。


「おい如月、お前には恥じらいってもんがないのか?太腿!見えてんぞ!」


「なんだ、私に欲情したのか?夫の居る身だがお前を可愛がってやってもいいぞ」


「如ちゃん、それは僕の許可は出ませんよ」


「如月姉様、私の許可も出ませんからね?」


ふたりに庇われてにんまりした氷雨は、意外に丁寧な手つきで朧の髪を櫛で梳いてやっている如月を見てこのふたりに早く子ができればいいのに、と切に願った。


「そういえば氷雨さん、さっき式神を飛ばしてたけど朔兄様に文を書いたんですか?」


「あー、いや、別件なんだ」


ふうん、と相槌を打った朧がきゃっきゃっ声を上げて楽しそうにしているその笑顔がとても可愛らしく、傍で豆をぽりぽり食べている泉の膝をばしばし叩いた。


「なあ俺の嫁さんなんかすごく可愛くね?あんな笑顔見たことない気がする」


「え、嘘だあ。雪男くんとお話してる時の朧ちゃんはもっと可愛い顔してるよ?」


再びまじまじと朧を見てみた。

正座して畏まって髪を結われている朧は可憐でいて美しく、視線を感じたのか目が合うとはにかみ、ぱっと顔を逸らした。


「なんだよ…くっそ可愛いじゃねえか」


「ちなみに僕の如ちゃんもすごく楽しそうで可愛い。ああ見ると姉妹よく似てるよね」


顔立ちは瓜二つなものの、浮かべている表情はまるで違う。

だが笑うとふたりとてもよく似ていて、男は男同士で盛り上がった。


「撫で回してえな。今晩は一緒に寝てくれるかな」


泉は何故かそれを黙殺した。

如月の氷雨弄りが発動していて、それは叶わぬ願いだと知っていたから。
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