悲しみの理由を忘れた少女
〜平然を装って〜

佐藤先生が私を呼び止めたのはこれで2度目。
1度目、二ヶ月前の先生の私に対する言動を、もうあまり気にしなくなっていた時だ。

再び先生は声をかけてきた。

「聞きたいことがあるの。」

私の身体はその言葉に反応して硬直する。
私は、由梨に先に帰ってもらい一人教室に残った。

「先生、何ですか?」

静か過ぎる教室で私は、平然を装い先生にそう聞く。

「えっとね、歩美さんって今、何か困っている事とかある?」

ドクッ、私の心臓が跳ね上がる。
それでも私はまた平然を装って言う。

「何もありませんよ。」

「本当に?」

少し疑いの目を向ける先生。
私は、頭をぐるぐる働かせる。どんな言葉なら、先生は納得するのか。どんな声色で言えばベストだろうか。語尾は何にしたら…。
一瞬の間もなく私は口を開ける。

「はい。だって先生、何か困ってたら先生にすぐに相談していますよ。」

私は明るい声で流れる嫌な空気を変えようとした。

その時、一瞬頭によぎったある事。

悲しい・淋しい・苦しい

私はそれを完全に無視した。

すると、先生はパッと一瞬で明るい顔になった。

「そうよね!なら良いのよ。いやね、多胡先生があなたの事を心配してて。でも、歩美さん学校で楽しそうにしてるし悩みとかなさそうで。実は何でそんなに多胡先生があなたの事心配するのか、『全然』分からなかったのよ。」

先生は、詰まっていた何かを一気に吐き出すようにそう言った。

「先生、心配しなくて大丈夫です。」

私はキッパリそう言った。
なぜだろう、先生の言葉が胸に刺さって痛い気がした。
胸のあたりが急に冷たくなっていく気がした。

私の言葉で先生が胸を撫で下ろしていた時、放送が流れてきた。

『佐藤先生、佐藤先生、来客者がお待ちです。職員室に来て下さい。』

そして、それを聞いた先生がスッキリした、というそうな表情で「ごめんね。時間とらせて。」と言いながら、職員室に向かって早歩きで教室を出て行った。

なんとも言えない、言い表せない気持ちが、一人になった私を襲う。

「なんだ…。」

やけに教室が静かで。
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