刹那で彼方
その時
『綾一!』
ふいに懐かしい記憶が頭に蘇る。
『良かったよね、部屋あって良かったよね』
あの、優しい声と暖かい笑顔。
そして
『私、もっと…』
「幻覚でも…無理、だな」
俺は自嘲気味にそう呟くと、戻ろうとした足を止め、再びビルのそばに向かう。
そこには相も変わらず自殺を促す男が叫んでいて、俺は彼の肩を叩いた。
だがやつはこちらに全く反応せず、そのまま屋上の男に「はやく!」と叫ぶ。俺がもう一度叩くと、今度は上を見つめながら「片山、後にしてくれ。あと少しなんだ」と何故か見ず知らずの名前で説得されてしまった。
どうしようもなくなった俺は、仕方なく口を開き、なんとか意識をこちらに向けることにした。
「片山だろうが山田だろうが何だっていいが、自殺を待つわけにはいかない」
「あ?何言ってんだお前。つうか声が低くなってないか……
ぁぁぁ?」
最後は微妙な声を出しつつ、目の前の男は俺の顔を凝視する。そして後ろを振り返ると「結界は…あるよな…。」とまたもや意味不明なことを呟いてきょろきょろし始めた。
