カラフル
わたしは恐縮しながら所長に挨拶して、マフラーをキツく首に巻きつけ、家路を急ぐ。
尖った三日月が、真っ暗な空に白く浮かんでいた。

足早に歩くと、くすんだベージュの建物が見えてくる。
今住んでるボロアパートも、バイトしてる不動産屋で借りた部屋だった。二階建てで、四軒ある、単身者用のアパート。わたしの他には学生さんが住んでる。
越してきたばかりの真下の人は素性がわからないけど、まだ部屋に電気はついていないみたいだった。遅くまでバイトをしてる学生さんなのかも。

タイルが剥がれかけた階段を上り、部屋の前までたどり着き、ドアノブに手をかけたときだった。


「えー、あそこの飲み屋の常連だったんだー!」


女の声がした。
一瞬、体の動きがピタリと止まる。

テレビの音? 電話?
うちのなかから聞こえた……よね?

訝しげに目をすがめ、ドアノブを慎重に回す。
玄関のたたきには、シルバーのパンプスがぞんざいに脱ぎ捨てられている。

ギョッとした。
目ん玉飛び出した。


「あたしの友達があそこでキャバやってたんだよ!」


心臓がドキドキして、全身が脈打つ。
靴を脱ぎ、冷たいフローリングを静かに歩く。


「まじ? なんて子? 俺指名してたかも」


順の声だ。
アマガエル色の扉の磨りガラス越しに、人影がふたつ見えた。
< 10 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop