無愛想な同期の甘やかな恋情
「……だ」


通路に出かかった時、背後からくぐもった小さな声が聞こえて、私は無意識に足を止めた。
ついつい肩越しに振り返ると……。


「そんな技があったら、とっくに撃ち落としてるに決まってんだろ……」


穂高君が壁に背を預け、大きな手で顔を覆って独り言ちていた。
はあっと声に出して溜め息をつく様に戸惑い、私はきょとんとしてもう一度彼の方に向き直った。
そして。


「穂高君……?」


恐る恐る名を呼ぶと、彼はわかりやすくビクンと肩を震わせた。
そして、やけにゆっくり顔から手を離し、「うわっ」と上擦った声をあげて飛び退く。


「ま、まだいたのかよ、お前」

「まだって」

「って言うか、聞こえた……?」


彼はカッと頬を赤らめて、私から顔を背けた。
どうやら、私がもう出て行ったものと思って、無防備になっていたようだ。
彼にしては珍しい慌てようを見ると、さっきの独り言も、私が聞いてはいけないものだったのかもしれない。


「う、ううん」


だから私は、気を利かせて聞こえなかったフリをした。


「なにか言った?って、足が止まっただけ。私に関係ないなら、別にいいから」


咄嗟に笑顔を浮かべて、誤魔化す。
勢いよくペコッと頭を下げてから、私は今度こそ会議室から出た。
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