無愛想な同期の甘やかな恋情
「冴島、そこ、座って」


穂高君は私に丸椅子を勧めると、自分は「あ」と白衣の裾を翻して、奥のドアに向かって行く。
そちらは、ちょっと狭い事務所のような附室があり、彼のデスクと備品棚がある。
なにを取りに行こうとしているか、ピンとくる。


「待って、穂高君。リップブラシなら、私持ってるから」


そう呼び止めながら、バッグの中から化粧ポーチを取り出す。
穂高君はくるりと回れ右して、再び私の前に戻ってきた。


私は隣の椅子に腰を下ろす彼の前で、ポーチからリップブラシを取り出した。
ティッシュでしっかりと拭ってから、五つ並んだシャーレに目を凝らす。


「真ん中が、現行販売中の物。右の二つが赤味を強めた物で、左二つが青味を加えた物」


穂高君がテーブルに肘をのせて頬杖をつき、横から説明してくれた。


「見た目は、そう大差ないね」


私の率直な感想に、穂高君は「うん」と相槌を打つ。


「でも、春夏モデルだから、ちょっと油分を減らしてある。タール色素もギリギリに抑えてるから、唇に塗った時の感触と発色はだいぶ変わるはず。塗ってみて」

「うん」


専門家の彼から淡々と説明されて、私はワクワクしながら一番左端の紅をブラシに取った。
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