一目惚れの彼女は人の妻
「嘘でしょ? なんで触ってくれないの?」

「触ったじゃないですか。宏美さんの頬っぺたと、唇に……」

「俊君が触りたい所って、そこじゃないでしょ?」

 あそこでしょ?

「いいえ。そこですよ」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「絶対、嘘」

「絶対、嘘じゃない」

「絶対、嘘だ。そんなはずない。どうして我慢するの? 本人がいいって言ってるんだから、触ってよ……」

 俊君は、もう聞く耳を持たないっで感じで、私のブラウスのボタンを器用に嵌め、上着のボタンも手早く嵌めていった。もしかして、慣れてる?

 そして、

「さあ、帰りましょう?」

 と言い、抵抗を続ける私の背中を押し、強引に公園から出てしまった。

 その後、俊君と一緒にタクシーに乗り込んだのだけど、私はずっと考え込んでいた。俊君の、痴漢癖への対症療法が、なぜ失敗に終わったのか、について。

 色々考えた結果、その原因を2つほど考えたのだけど、それについては、明日にでも加奈子に聞いてみようと思う。

 タクシーは私の家の前に着き、料金を払おうとしたのだけど、俊君に「大丈夫ですから」と言われ、お言葉に甘える事にした。

 今日は何だかんだあったものの、大好きな俊君に急接近出来たわけで、それが嬉しくて、

「おやすみなさい。またね?」

 と私は笑顔で言い、俊君にバイバイした。

 あるいは俊君は、私の行動に呆れたかも、というような事は、敢えて考えない事にした。
< 58 / 100 >

この作品をシェア

pagetop