一目惚れの彼女は人の妻
「あ、そうだ」

 なぜか、は解っているが、自分の枕を胸に抱いた恵美が、ドアの前で俺を振り向いた。

「この間は、誰と飲んだの?」

 ドキッ

「この間って、いつだよ?」

 本当はすぐにわかったのだが、俺は敢えて惚けてみせた。

「ほら。遅くにタクシーで帰ってきた日よ」

「ああ、あの日は出版社と懇親会だって、言ったろ?」

「懇親会であんなに遅くなるわけないじゃん。その後、誰かと飲んだんでしょ? しかも女と。誰よ?」

 こいつ、なんだってそんなに鋭いんだ?
 俺は、脇の下に冷や汗が出るのを感じていた。

「女じゃねえよ」

「ううん、女だね。女の匂いがしたもん」

 恵美、っていうか女って、そんなに匂いに敏感なのか?

「わかった、白状するよ。女と飲みました」

 仕方なくそう言うと、なぜか恵美は目を丸くした。

「えっ? 本当だったの?」

 本当だったの、って何だよ?

「あてずっぽうで言ったのになあ」

 あちゃー。恵美の”あてずっぽう”に、俺はまんまと引っ掛かったのか。参ったなあ。

 恵美はユーターンし、ベッドの俺の横にストンと腰掛けた。

「どこの誰?」

「出版社の担当者」

「名前は?」

「田村、いや篠崎……宏美さん」

「ん?」

「ほら。ちゃんと言ったんだから、おまえはもう行け」

 俺は恵美の、肩のあたりを押したのだが、

「ちょっと待って。ヒロミって名前、聞いた事があるような気がする」

 しまった。俺としたことが、正直過ぎた。
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