バレンタイン・ストーリーズ
きっと彼方くんは私とは正反対に、余裕の笑みで私を見てるんだろうな。
そう思いながら目を開けて、驚いた。
視界に飛び込んできた彼の顔は、林檎みたいに赤かったのだ。

「…ちょっ、これ、めっちゃ恥ずいな…」

彼方くんがかすかに震える声でいいながら、真っ赤な頬を両手でごしごしこすった。

「いや、ほんと、やば……まじで心臓に悪い……。目つぶってる顔、破壊力やべえ……心臓壊れる……やっば……」

ひとりごとのように繰り返す彼方くんを、私は唖然と見つめ返した。
こんな彼の顔は初めて見た。

「えっ、ええ~……彼方くんが言い出したのに……」

思わず正直な感想をもらしてしまうと、彼はさらに頬を赤らめた。

「だよな? 俺が言い出しっぺなのに、なんかごめんな!? 食べさせるのこんなに恥ずかしいと思わなかったんだよ!」
「あっ、ううん、いいんだけど! そんな顔してる彼方くん見れたから、貴重な経験だった……」

彼は「うわー」と両手で顔を覆い、指の隙間からちらりと私を見て言った。

「遠子が目開けたら、今度は俺に食べさせて、って言おうと思ってたんだけど、ごめん、もう心臓もたなそうだから、次の機会にさせて……」
「あ、うん……」

彼方くんは「俺、かっこわるすぎ……」と嘆き顔で言いながら、もうひとつトリュフを指でつまみあげた。

「いただきます!」

大きく開いた口の中にぽんっと投げ入れて、もぐもぐと口を動かす。

「うん、うん、美味しい……と思うけど、ごめんちょっと緊張しすぎて味よく分かんない……」

いつもの彼方くんからは想像もできない様子に、私はとうとう噴き出した。

「ほんとごめん…。あとで家でゆっくり食べて味わうわ」

彼は真っ赤な顔のまま箱を閉じて、大事そうに鞄の中にしまった。
そんなちょっとしたしぐさが、泣きたいくらい嬉しかった。

「ちょっと、来年までに心臓鍛えとくから、来年もまたチョコ作ってくれる?」

まだどこか情けなさげな顔で言われて、私は「もちろん!」と笑った。

私のチョコでこんなに喜んでくれるなら、いくらでも作るよ、と思いながら。


《完》

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