バレンタイン・ストーリーズ
「きれいなラッピングだね。さすが遠子、センスあるなあ」
「ええっ、そんなことないけど、でも、ありがと…」
「そんなことあるよ。すごく遠子っぽい」

そう言ってにこにこしながら包みを開いていた彼方くんが、ふいに「あ」と声を上げた。

「いいこと思いついた」

どきどきしながら彼が食べるのを待っていた私は、怪訝に思って隣を見上げる。

「ねえ、遠子。たまには恋人っぽいことしてみる?」

わけが分からなくて首を傾げる私を、彼方くんがいたずらっぽい笑みを浮かべて覗きこんでくる。

「えっ、なに、なにするの?」

顔の近さに心臓が破裂しそうなほど暴れていた。
彼方くんはくすくす笑いながら、箱の中に6つ並んだトリュフの1つを指先でつまみ、私の口許に近づけてきた。

「はい、口開けてー」
「え…っ、ええーっ!?」

私は思わず大げさなほどに身を引いてしまった。

「むっ、無理無理!」

すると彼は悲しそうに眉を下げた。

「なんで逃げるの? 傷つくなあ……」
「ご、ごめん、嫌とかじゃないの。でも、あの、恥ずかしくて死んじゃう……!」

燃えるように熱い顔をぶんぶん振ると、彼方くんがふっと噴き出した。

「死んじゃうの? それは困るな」

おかしそうに肩を揺らしてひとしきり笑ってから、彼は「じゃあ」と言った。

「目、つぶって。それなら平気だろ?」
「え、ええー…」
「ほら、早く。つぶって、つぶって」

にこにこしながら有無を言わさぬ口調で言われて、私はパニックになりながらも言われるがままに目を閉じた。
心臓が胸の中で暴れまわり、鼓膜のすぐ近くで脈打っているように鼓動の音がうるさい。

「はい、あーん」

これ以上ないくらいにどきどきしながら、そろそろと口を開いた。
次の瞬間、唇に何かが当たり、すぐにチョコレートの甘い味が口の中にとろりと広がる。
でも味なんて全く分からない。
目を閉じたまま食べさせられるのがこんなに恥ずかしいなら、彼が言い出したときに素直に口を開ければよかった。

恥ずかしさのあまり泣きそうになりながら、きっと私の顔は恥ずかしいくらい真っ赤だ。

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