シュガーレス
 12月も半ばに入った。
 日に日に寒くなる毎日に会社では風邪が流行り私も体調の良くない日が続いていた。トイレの鏡に映った顔色の悪い自分の顔を見て思う。今日は早めに帰って病院へ行こう。
 立ち去ろうとすると入れ違いで入ってきた二人の女子社員の会話が耳に入る。
「今日も堤さんランチに誘っちゃった」
「度胸あるよね~周りの反感食らうよぉ?」
「怖くないもん。あたし、本気だし」
 まだ23、4歳の若い社員たちの会話。飽きるほど聞いてきた会話内容。
「もうすぐクリスマスだし。頑張っちゃおうかな!」
「えー、ズルイよぉ」
 本人の本性も何も知らないくせにと腹の内で笑う私も十分に性悪か。
 トイレを出て事務所へ戻るとちょうど事務所を出て行こうとする堤さんと鉢合わせ、「ちょっと手伝って」と言われ連れ出される。
「明日の打ち合わせの資料に過去のデータがいるんだってよ」
 今私たちの業務の中心となっているのはここ数か月にわたって精力的に取り組んでいる新ブランド企画案の件だけど、仕事はもちろんそれだけではない。明日はたしか某アパレルメーカーとの販売戦略についての打ち合わせ。私はその打ち合わせには同席しないし自分の担当外の仕事だけど、一応、直属の上司にあたる堤さんの指示に従って彼を手伝うことは私の業務の一つでもある。
 エレベーターに乗り込んで二人きりになるとすぐに「顔色、悪くない?」と問いかけられる。明らかに顔色が悪いのは自分でもよく分かっている。視線を感じて顔をそむける。
 堤さんの手が自分の額に伸びてきて反射的に振り払った。
「触らないで」
「機嫌悪いな、何かあった?」
 今は二人きりだけどここは会社だった。はっと我に返って「ごめんなさい」と謝る。
「風邪気味なんです。だから今日……病院行こうと思っていて」
「そう。無理しないで早く帰れよ」
 エレベーターを先に降りる堤さんについて一歩後ろをついて歩く。
 どうしちゃったのかな、何をイライラしているんだろう。あぁ、熱でもあるのかな、本格的に風邪を引いてしまったらしい。

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