シュガーレス
 その日の午後、食欲がない私は、昼食を取らずコーヒーを飲みにいつもの喫茶店へ入った。
 店内は満席。いつも接客してくれる店員はいつも私が快く相席を承諾するため相席でもかまわないと思ったのだろう。私に確認することなく、入口すぐ横にある二名席に一人で座る客に「相席お願いできますか」と声をかけた。「どうぞ」と承諾する男性の声に、店をあとにすることは出来なくなった。
 席に座って水を持ってきてくれた店員にホットコーヒーを注文する。
 店員が去ると入れ違いで、向かいの相席をした男性が注文していた品が届く。
「お待たせしました。アイスコーヒーです」
「すみません。ガムシロ三つもらえますか」
 ガムシロ三つ。思わず反応して目の前の席に目を向けた。
 アイスコーヒーの入ったグラスに躊躇なくガムシロップが一つ、二つと入れられていく。そして三つ目の封も切って入れきるとストローでグルグルとかき混ぜて口元へと運んだ。
 甘すぎるだろ、と思ったと同時に視界に入ってきた目の前に座る男性の外見もまた甘かった。いつだったか、一昔前にクリーミー系男子と言う単語をよく雑誌で目にした時期があったがまさに目の前の男はそこに書かれていた通りの外見をしていると思う。
 優しそうなソフトな顔立ち、瑞々しい肌、サラリと流れる髪。スーツを着ていることからこの辺りに努めるサラリーマンだろう。
 ただ、甘い外見とは反対に近寄りがたい雰囲気。激甘だと思われるアイスコーヒーを口にしても涼しげな表情一つ変えない。綺麗な瞳も生気が感じられない、心がからっぽというか、どこか虚ろに見える。
 視線を上げた彼の瞳がじっと私を見据える。でもすぐに、やっぱり表情一つ変えずゆっくりと視線を下げると退屈そうにアイスコーヒーへと視線を落とした。
 ……なによ、見るなって? 感じ悪い。
「……三度目」
「……え?」
 今、しゃべったよね?
 私に話しかけているの……? 視線は別のところに向けられていて今一つ判断に困る。
「あなたにココで会うの、三度目です」
「え……?」
 ゆっくりと上げた視線がぱっちりと私の視線と交わる。私に話しかけているらしい。
 三度目……と言われても、私は初対面だ。はじめて見る顔だ。
「一度目は、僕の方が相席をお願いして。二度目は、あなたは別の男性とココに来てた。そして今日が三度目」
「……そうですか」
 変な人だ。だから何なんですか、としか言えない。常連同士なら、度々顔を合わせることがあっても不思議なことではない。
 そういえば、見た目からのイメージとはかけ離れたダミ声。擦れた声はこの人が持つ元々の声かそれとも……?
 顔をそむけて咳をする姿を見て勝手に親近感を持ってしまった。雰囲気が気だるそうに見えるのはきっと、この人も風邪を引いているからだろう。
「風邪ですか? 流行ってますもんね」
「えぇ。そういうあなたも鼻声ですね」
 自分から話しかけてはみたものの会話はすぐに途切れる。
 その後ともに一切口を開くことなく、無言のまま男性は席を立ち先に喫茶店を出て行った。
 ……なんだったんだろう、不思議なひと時だった。

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