シュガーレス
第10話 鉢合わせ
 二月上旬、事業部長へのレビューも無事終わり来月中には結果が出るだろう。
 結果次第で、春には堤さんはニューヨークへと飛び立つ。
 まだ結果は出ていないのに、なぜか日に日に別れが近づいているような気がする。同時に私たちの関係の終わりも意味していた。

「これ、余り物で申し訳ないんだけど」
 今日はバレンタイン。
 会社で配った余り物の義理チョコ。帰宅時に偶然ばったりと会った仁科さんに手渡した。仁科さんは予想以上に喜んでくれた。甘党の彼。チョコレートも大好物らしい。
 頻繁に喫茶店で顔を合わせてはいるけど喫茶店の外で顔を合わせるのは久々だった。
「甘いもの好きな男性って実は多いんだよね」
「福田さんは?」
「私は女のくせに苦手で。あ、なんならもう一つ余ってるしあげようか?」
「え、いいの?」
 普段はなかなか見れない生き生きとした表情が、チョコを前にして見られるなんて。おかしくて小さく吹き出した。同時に、ふと「彼」を思い出した。
「仁科さんみたいな子だったかも」
「え?」
「つかみどころがない不思議ちゃんで打ち解けるまでに時間がかかって……」
 そういえば、彼も甘いものが好きだったような気がする。言葉の途中で別のことを考えていると仁科さんから鋭いつっこみ。
「それ、前も言ったけど福田さんにも言えるよ?」
「そう? あ、でも。似てるところが多かったの、彼」
「カレ? もしかしてまた、例の初恋のキミの話してる?」
「仁科さんしかいないもの。話せる人が。ダメ?」
「いいけど」
「じゃあ、遠慮なく」
 小学生の頃の古い思い出。
 もうとっくに忘れていたと思ったけど、小さなきっかけで少しずつ思い出が蘇る。忘れないものなんだな。
「似てたんだ。集団行動が苦手でいつも教室の隅っこで本を読んでたり、見た目は甘くて近寄りやすそうなのに話すと他人行儀でなかなか心を開いてくれなくて……どこか陰のある雰囲気はたぶんお互いに家庭の事情が影響してて……」
「家庭の事情?」
「うん。うち、両親がすごく仲悪くてさ。毎日ケンカして。そんな話を毎日彼としてた。あの時の私には救いのような、何にも代えられないかけがえのない存在だった。……って、複雑な家庭事情とか。小学生がする会話じゃないよねぇ」
 重い話を和らげようと仕方なく笑う。でも苦笑を浮かべても痛々しいばかりで逆効果。仁科さんの反応がない。ちょっと話しすぎちゃったかな……。
 話題を変えようと仁科さんを見上げて顔を上げた時、前方に肩を並べて歩く見覚えのある男女の姿が飛び込んできた。
 堤さんと、彼に好意を寄せる後輩だった。
 「あの人……」と仁科さんが呟く声を聴きながら、私は無意識に仁科さんの腕を引いていた。
 堤さんがキョウヘイ君と勘違いした仁科さんと一緒に歩いているところを見られたくなかったからか、堤さんと後輩が一緒にいるところを見たくなかったからか、どちらかは分からないけど。
 ただ、今はまだすぐに一人きりにはなりたくなくて、この日はじめて私は「お茶でもしていきませんか」と仁科さんを自宅に招いた。
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