恋する耳たぶ

「では、どうぞ。お嫌じゃなければ」

それほど匂いのする食べ物ではないと思うが、中途半端な時間の出発で、お腹が空いてしまったのだろう。

彼女は小さく謝意をのべ、受け取ったパンをぱくり、と、一口で半分ほど食べた。

小動物のような見た目に反して、なかなか思い切った一口だ。

それがまた、かわいく思えて、俺は思わず、小さな笑いを漏らしてしまう。

見ているだけで、こんなに顔がゆるんでしまう人もいるんだな。

俺はパンを食べ終えてもまだ、恥ずかしそうにしている彼女の様子をそっと伺いながら思った。

「もうひとつ、いります?」

そう、すすめたのは、もっとパンを食べる彼女の様子を見たかったからだ。

動物のふれあいコーナーなんかで、小動物にエサをやる子供と同じような心境だ。

…………多分。

断られて残念に思ったのも、多分、差し出したエサを食べてくれない小動物にがっかりする子供と同じ、自分勝手な感情。

そんな気持ちになる自分を意外に思いながら、なんだか、わくわくするような、今までにない気持ちになっていた。


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