血で愛してるの文字を書く
_梨花side
目が覚めた私は、視界に飛び込んできた悲惨な光景を理解する事ができなかった。
自身で母を殺してしまった。それは、壊れかけていた私を
完全に破壊するには十分すぎる理由だった。
無数に抉られた自身の肉体と
人間だったとは思えない死体を交互に見る。
これをやったのも、私自身なのだろうか。
それに、何故雪乃が私の部屋にいるのだろう。
幸せそうに寝息を立てる彼女の顔を覗き込むと、
愛しさと共に恐怖が増大していった。

_何も、何も覚えていない。

最後の記憶である冷たくなった母の死体を思い返すが、明らかにその時よりも状況が悪化している。
血塗れの部屋、腐敗した死体、鏡に映る見窄らしい自分の姿。
何もかもその形に至った経緯を思い出す事が出来ず、言葉にできない恐怖が私を蝕んだ。

「雪乃、ねぇ、雪乃…」

この恐怖から逃れたくて、雪乃の肩を何度か強く揺さぶる。
が、全く目覚める様子がない。
仕方ない、と諦めた私は、彼女がこの部屋にいる理由を突き止めようと
小刻みに震える自分の体を抑えながら
部屋を模索した。
きっと彼女の事だから、私と連絡が取れなくなり
不安で家に来てしまった、という所だろう。
そんな事を考えながら、彼女の頬を優しく撫でた。

ふと、ベッドの下に転がる自分の携帯電話が目に入る。

そうだ、会話履歴。会話履歴を見れば、何かわかるのではないだろうか。
そう思った私は、携帯電話を拾い上げた。
割れた液晶を見ながら、暗証番号を解くと
彼女とのトーク画面を表示した。

_配列された文字を眺める私は、きっと酷く醜い表情をしていたのだろう。

【⠀今からうちこない〜??】

いつも通りの軽々しい口調で彼女を誘う私。

【⠀すぐに行く】

1分も経たないうちに返ってきている彼女からの返信。

【⠀ゆきの、わたしといっしょにしんでくれる?】

既読がつかないままのそれに、私は絶望さえも覚えていた。

私が彼女を誘ったのか。彼女も、私自身も傷付けないようにと誓った私が。
彼女を殺す為に、世界で1番大切な彼女を道連れにする為に
彼女を家へ連れ込んだのか。
_もし、もし私が正常な状態に戻れなかったら。




この手で、母だけでなく彼女も殺してしまっていたのか。




割れるような頭の痛みに、思わずその場へしゃがみこむ。
耳鳴りが鳴り止まず、意味もなく耳を塞ぐ。

「人殺し」

おぞましい程に冷酷な母の声が耳元で聞こえる。

「私も殺すの?」

寂しそうに呟く雪乃の声が頭に響く。

息が、息ができない。
苦しい、助けて。目から大粒の涙が零れ落ちる。
私の体は必死で酸素を取り込もうと、鯉のように口をパクパクと動かした。







_あぁ、そっか。






ピタリ、と震えていた体が止まる。
徐々に頭痛は治まり、耳鳴りは聞こえなくなっていった。
パクパクとさせていた口を大きく開いたまま、歪に口角を吊り上げる。




_そっか、そうだ。簡単な事だ。




おもむろに立ち上がると、母の死体など気にも止めず
クローゼットへと足を向かわせる。
キィ、と音を立てて開いたクローゼットには、何着もの服が押し込まれていた。
それを全て外へ放り出すと、
優しい微笑みを浮かべたまま2本のロープを取り出した。
両手にそれを持つと、なんだかとても温かい気持ちになる。
お気に入りの曲の鼻歌を歌いながら、軽やかに階段を降りた。
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