血で愛してるの文字を書く

面倒な授業を終え、帰宅する準備を始める。
先程私を見つめていた彼女は、早々と教室を出ていくところだ。
その後を追いかけるように、私も教室をあとにした。
学校から家までの徒歩30分程の距離を歩く。
彼女は相変わらずスタスタと私の前を歩いている。
今まで気付かなかったが、家が同じ方向にあるのか。
彼女の足が、私の家がある住宅街の方へと向かう。
もしかすると、最近出来た新しい住宅街の住民なのだろうか。

…母の叫び声は、夜の住宅街に響き渡っていた。

朝出会った近隣の女性の、好奇心と同情の入り混じったような表情を思い出す。
もし、もしも。
彼女がその声を聞いていたとしたら。
朝、異常だとも言える家から出てくる私の姿を見ていたとしたら。
母という呪縛から切り離された、幸せな普通の女の子である私に
亀裂が入ってしまう。
「…ダメ。」
彼女が今朝、私に向けた視線の真意を確かめなければならない。
足が速くなる。彼女の背中が近付くにつれ、
鼓動も速くなるのを感じた。
「ねぇ、」
肩を叩くと、彼女はビクリと驚いた様子で振り返る。
私は続ける。
「雪乃ちゃん、だよね〜!今日私の事めっちゃ見つめてなかった??照れる〜」
いつも通り。馬鹿そうな話し方。
さらに私は続ける。
「てか家こっちの方なんだぁ〜?もしかして新しい住宅街んトコ〜?」
聞きたい事を全て一気に吐き出す。
私の勢いに圧倒された彼女は、
「あ、うん…」
とだけ小さく呟いた。
友好的とは言い難い彼女の態度をよそに、
私はさらに言葉をぶつける。
「え、じゃあ私達ご近所さんじゃん?
うちうるさいから騒ぎ声とか聞こえてたらごめんね〜!」
恐る恐る、彼女の反応を確認する。
…彼女の顔は、相変わらず困惑したままだった。
「…大丈夫、だよ。」
嘘をついているようには見えない。
彼女の住宅街までは届いていなかったようだ。
杞憂だったか。安堵と共に、高鳴っていた鼓動が落ち着きを取り戻す。
気付けばもう、彼女の家との分かれ道だった。
「よかったよ〜!急にごめんね、また明日ぁ〜!
ばいばぁい!」
そう言うと、ヒラヒラと手を振り彼女を横切った。
…が、彼女にいきなり腕を捕まれる。
「ん?どした〜?」
振り返って言葉をかける。
彼女はしばらく俯いて黙ったままだった。
「…っ」
急に手首に激痛がはしる。
彼女が爪を立てて私の手首を強く握りしめているのだ。
塞がり始めていた傷跡から血が滲み出る感覚がする。
「痛っ…やめ…!!」
私がそう言うと、彼女はすんなり手を離した。
「急にどしたの?」
少し笑いながら彼女に問う。
「…リスカなんてして意味ある…?」
彼女はか細く呟いた。
思わず頭に血が上る。彼女はさらに続ける。
「…馬鹿みたい。」
…何も知らないくせに。何もわからないくせに!!!
「黙れ!!!」
考えるより先に口をついて出た言葉は、悲鳴のような叫び声。母にそっくりだった。
今、彼女はどんな表情をしているのだろう。
母に罵倒される私のような、醜く怯えた表情だろうか。
…恐る恐る顔をあげる。
彼女の表情は、恐怖でも驚愕でもなかった。
…彼女は、
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