恋のかけら


    2   *   *   *




「見て、20日に新曲出るって」

「えっ? 誰??」

 智明は顔を近づけて雑誌を見る。

「何? 見えんの?」

「あー、最近また悪くなったみたいで」

 そう言って、掛けていた眼鏡のズレを戻した。



「おはよー!」

 杏が登校して教室へと入って来る。席に着いて、隣にいる陽歌を見て言った。

「なにソレ?」

「これ? 後輩に頼まれてさ」

 机には、天使のイラストがある小さなメッセージカードが置いてあって、そこに何か書かれている。

「今、流行ってるみたいよ」

「へぇー、いい?」

 と断って、そのメッセージカードを手に取って見た。

 そこには、手書きで『名前』と『好きな女の子のタイプ』とあった。

 
 これが流行ってるの?


 杏はいまいちピンと来なかった。

「好きな人にメッセージカードを渡して、それに相手の名前と質問を一つ答えて書いてもらうの。質問は何でもいいんだけど、一つだけなんだって。で、それを何時も持っていると両想いになる。ていうおまじないが最近流行ってるらしい」

 ピンと来ていない顔をしていた杏に、陽歌は説明してあげた。

「へぇ、そんなの流行ってんだ。知らなかった」

「そういえばミナミもこれして両想いになったって!」

「えっ!? あの卒業式にボタンもらった先輩?」

「そう、バレー部で人気があって、競争率が高かったのにさ、すごくない? バカにできないよねぇ」


 …ホント、あなどれないな。


 身近にいる成功例を耳にして、驚いて口を半開きする杏。




                      *




 なんだかいいな、みんな楽しそうで。あたしも恋したいな。


《 佐倉杏(14) 未だに好きな人も現れず、淋しい中学生活をおくっているのです。
  そうだな、あたしだったら…ちょっと変わった質問してみたり… 》


 授業中にも拘わらず、机の中からメモ帳を出した。紺色で金色の星が散りばめられた掌サイズのメモ帳。そこに質問を書いてみた。


 こんな感じかな。…て、渡す人もいないのに、こんなの書いてどうすんだ、ての。ま、いっか。いつか使うかも。


 さして気にせず、杏はそれを補助バッグのポケットに入れておいた。





                   *   *   *




 休憩時間。
 
 別のクラスの男子が廊下を凄い勢いで走って騒いでいる。するとバンッ!と大きな音を発ててボールが壁に当たった。

「え? なに?」

 杏は驚いて音のした方を向いた。

「“当て”してるみたいよ?」

 陽歌が言った。

「びっくりした、何かと思った」

「早く行こ。遅れるよ!」

「あ、ちょっと待って…」

 次が体育の授業の為、教室の後ろのロッカーに体操服を取りに行く。

 その時、杏の後ろをコロコロとゴムボールが転がって入った。それを近くにいた智明が拾って、その場から廊下に向かって相手に投げ返す。だが、方向が外れドアに当たり、窓ガラスが割れ破片が飛び散った。

「キャー! 大丈夫!?」

 陽歌が驚いて大声を上げる。

 不運にも、体操服を抱えて教室を出ようと、近くにいた杏にガラスの破片が当たり、腕が切れて出血をした。

 周りにいた生徒達も思いもよらぬ痛ましい状況に言葉を失い、一時停止をした様に動きを止めて、この場に巻き込まれた杏の姿を見ていた。

 杏はもう片方の手で腕を押さえ、その場に屈み込み青ざめた。




                      *




 保健室で手当てを済ませた杏が出て来る。

「ありがとうございましたー」

 既に体育の授業は始まっていた。杏は体育館へ向かう渡り廊下を、トボトボと歩いた。

 すると雨が降り出した。


 雨だぁ…傘持って来てないよ。今日は厄日かもしんないな。


 空を眺めながら、そんな事を思っていると、グラウンドで体育の授業を行っていた男子生徒達が、次々と体育館へと向かい入って行く。

 バスケットボールの入った籠を引っ張って、智明が近づいて来た。そこに杏がいる事に気づいて、智明は足を止める。お互い気まずくて、二人の間に少し妙な間があった。

 智明は手当てを受けた杏の腕を見て、「…悪かったよ」と謝った。

「あ…うん、大丈夫」

 杏の言葉を聞くと、智明は倉庫にボールを片付けに行った。


 びっくりした…。初めてしゃべった。


 小学校に入学してから中学生になった今迄、ずっと同じクラスだったが、智明と初めて話した。その事に杏はドキドキとした。




                       *



 放課後の図書室。

 図書室の受け付けには勤務時間の空いている教師が務める様だ。その年や時期により、そこにいる教師が違う。それで自身の授業の準備もあるのか、訪れても居たり居なかったりする。

 放課後は定時で帰ってしまうのか、何時も誰もいない。

 生徒は貸出カードに自分の名前を書いて、受け付けに置いてある箱に入れて、勝手に借りて帰っている。

 体育の授業中に降り出した雨は今は霧雨となり、もう少し待っていれば止むかもしれないと思い、杏は図書室で時間を潰す事とした。

 杏は料理本をパラパラと立ち読みをしては少しずつ棚の場所を移動していた。数冊の本を抱えて、棚から通路へと出た所、机に顔を伏せている智明の姿を見つける。


 浅野?


 そっと近づいてみた。

 机には参考書や問題集が置かれている。杏は智明を起こさない様に向かいの席にそっと座った。


 勉強してる…。そっか、受験生だもんな…マジメにやってるんだ。当たり前? どこ受けるんだろ…。これまでの縁も終わりかな?


 頬杖をついて智明の寝顔を眺めていた。すると誰かがいる気配を感じたのか、智明がすくっと顔を起こした。

 杏は驚いて体を後ろへ反らすと、横に置いていた本に肘が当たり、本が床へパタパタと落ちた。

「…佐倉?」

 少し寝ぼけた声を出し、目の前に杏が座っている事に智明は驚く。

 杏は少し焦って落とした本を拾う。

 智明も足元にあった本を手に取った。『簡単ヘルシースープ』。薄くて小さな料理本だった。

 杏が拾って机に置いた物はお菓子作りの本、星座の本、占い本と、勉強には関係ない物ばかりだった。

「い、息抜きも必要よね!」

「……」⇦何も言ってない。

 拾った本の表紙に載っている写真がとても美味しそうだったので、

 ぐぅぅぅぅ~っ

 と、智明のお腹の虫が大きく鳴った。

「ぷふっ…はははは」

 間抜けな音がとても響いたので、杏は相手に構わず笑った。 




「いいよ。食べて」

「……」

 杏が購買で買い溜めしたトーフドーナツを、補助バッグのジッパーを大きく開けて智明に差し出した。

 二人は図書室の非常口から外へ出て、非常階段に腰を下ろしている。

「ありがとう」

 智明は4つある中の一つを取って言った。

「そういえばずっと同じクラスだったのに、こうして二人でいるのって初めてだね」

「そう?」

 智明はドーナツを頬張りながら答えた。

「だって浅野ってマジメだし、近づきにくいかんじ」

「佐倉は単純そう」

「えっ!? (怒)」

「ウソ、楽しそう」

 笑みを浮かべて言った智明のその言葉に杏は少し照れる。

「…腕、悪かったね。痛む?」

 申し訳なさそうな顔をして、杏の腕を見た。

「ううん、大丈夫。血がいっぱい出たからびっくりしたけど、傷は浅かったから。気にしなくていいよ。それにわざとやったわけじゃないし。事故だよ事故」

「……」

「雨も止んだし。あたしこれから寄る所があるから帰るね。勉強頑張って」

「あ…うん」

 杏は立ち上がって階段を下りて行った。

 杏が去ったその場に二つに折りたたんだ紺色の紙が落ちているのに智明は気づいた。





                   ✴   ✻   ❇




 翌日。

 杏が席で友達と話している時に智明が来て、

「昨日、拾ったんだけど、これ佐倉の?」

 と紺色の紙を差し出した。

「何? メモ?」

「あ、おまじないじゃない?」

 智明が見せた紙を覗き込んで、一緒にいた陽歌が言った。

「あ、あー! そうなんだ! 人に頼まれてたの。書いて来てね」

 杏は慌てて突き返した。

「オレ?」

 智明が自分を指差してきょとんとする。

「なんだ、杏じゃないんだ」

「そういえば杏のそういう話聞いたことなーい」

「いないのー?」

 興味を持って話題を向けた。

 女子の興味がそっちに移り、自分の存在は蔑ろにされているのを感じて、智明は何も言わずそのまま自分の席へと戻って行った。





    3   ✥   ✷   ❉





「みんなー、お菓子作って来たの。食べてー!」

 杏は沢山の種類のお菓子を机に広げてみんなに食べてもらう。

「浅野も食べて」

 近くにいた智明にも声を掛けた。

「うん。おいしい。やっぱりこういう事が出来る女の子が理想だよな。佐倉、嫁に来いよ」


 うぇぇぇぇーーっ!?


 智明の言葉に驚いてひっくり返った。

 ☆


「痛…いたたたた……」


 ……あれ?


 見ると、部屋の天井がある。

 杏はベッドから落ち、周りの床にはお菓子の本が散乱していた。
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