恋のかけら



                   ✦   ✩   *




 学校へ登校すると映見が「野外活動の時の写真が出来たんだって、見に行こうよ!」と手を引っ張って、杏を廊下へ連れ出した。

 講堂に数台の掲示板が置かれ、そこに写真が張り出してある。同じ学年の者が集まり、もう既に黒山の人だかりが出来ていた。

 映見に腕を掴まれて、人混みを掻き分け写真の前へと連れて来られた。

「こっから探すの大変だねぇ」

 と映見は、人の多さと、写真の数を見て言った。そしてここまで来ると杏の腕を放し、写真を見る為に二人は別行動となった。

 確かにこの中から自分の欲しいものを見つけるのは大変そうだ。杏は右端から下へ順に視線を移していった。と、少しして智明が移っている写真に目が留まった。


 …あんな夢を見た後だから目が行っちゃうじゃん…。


 恥ずかしくなって、その写真から目を逸らした。

 ドンッ!

 と、混雑しているので誰かの体がぶつかって来た。

「あ、ごめん」

「いえ」

 ぶつかって来た相手が謝り、杏がそう答えた。

「チアキー! 見えるかー?」

 杏の後方から声が聞こえた。それについ耳を傾けた。

「あー…ダメ。人がいない時にまた来る」


 えっ!?


 今ぶつかった男子生徒が返事をした事に驚いた。杏はじっとその人物の顔を見つめた。

 混んでいる中を中々進めずに、その男子が躓いてよろけたのを杏が腕を掴んで支えた。

「大丈夫?」

「……」

 相手は目を細め顔を近づけて来た。


 うわっ! 超どアップ!!


 杏は心臓をドキンッ!とさせる。

「……」

 そして顔を少し赤くして見惚れた。

「佐倉?」

「…うん」


 ああ、よく見えないんだ。


「眼鏡どうしたの?」

「ああ、今朝、落とした後に自分で踏んじゃって」

 と、情けない顔をして空笑いした。

「そうなんだ。大丈夫? 見える?」

「んー…距離感が掴めない。ああ、そうだ」

 智明はポケットからメモ紙を出し、

「これ、書いたから、渡しといて」

「あ、…うん」

 杏がそれを受け取ると、智明は人にぶつかりながらよたよたと人混みから出て行った。



 杏が教室に戻ると、

「全然違うよねぇ」

「なんか良くない?」

「ねぇ。眼鏡外すだけであんなに違うなんて」

「コンタクトにすればいいのにね?」

「浅野って頭良いじゃん。それだけって思ってたけど、あの顔ならいいよねぇ。あたし、ちょっとスキになるかも」

「あー! わかるー!」

 と教室の隅で、智明に視線を送り数人の女子が話しているのを目にした。

 浮かれた声で話して智明を見ている彼女達を見て、杏は心がザワザワした。


 なんか嫌だな、あの言い方…浅野に失礼だよね。他にもそう思っている人がいるのかな? 嫌だな。


 杏は不機嫌な顔をした。




                      *




 放課後。

 杏は、もしかしたら図書室に智明がいるかもしれないと思い、図書館へと足を向けてみた。

 人気のない室内を眺めて、


 あ、眼鏡…。そっか、いるわけないか。


 と、体を反した。と、そこへ智明の姿があった。

「わっ! あれ? なんで?」

「え?」

「だって…眼鏡」

「ああ、返却しに」

「あ…そうなんだ」

 智明の噂をしていた女子達には腹が立ったものの、こうして眼鏡をしていない智明の顔を見ると、杏は智明を変に意識してしまう。

 教室で彼女達の言っていた事は一理あるからだ。眼鏡をしていない智明はキラキラした印象的な目をしていた。それに改めて見ると顔立ちが整っていた。杏は思わずその目に見惚れてしまう。

 智明は人のいない受け付けに、持っていた本を置いた。そして杏に向いて、

「またお菓子の本?」

 と言った。

「違います! バカにしてる?」

「え? どうして?」


 やだ…なんか突っかかってる。


「ごめん。なんでもない」

「佐倉? 気に障った?」

 覗き込んでくる智明の顔に、杏はドキッとする。そして反射的にバッ! と離れて、

「なんでもない! じゃあね!」

 と、逃げる様にその場を出て行った。

 杏は顔を赤くして小走りする。ドキドキが止まらなかった。




                      ❅




 二日後には智明は眼鏡をして登校をして来た。

 智明の事を意識して見ていた女子達は、騒いでいた割には智明に近寄り難く、話しかけたりする事もなく、遠巻きに見ている程度で、智明が今迄通りに眼鏡をかけると、また見る事も無くなった。

 それって、やっぱり浅野に失礼だと思う。と、彼女達に対して杏は腹立たしく思うのだった。



《 あたしは…あれ以来、浅野とはまた口を利かなくなった。 》





    4   ❖   *   *





 夜、部屋で、杏はベッドの上に寝っ転がり、野外活動の時の写真を見ていた。

 腕の怪我も治り、うっすらと3センチ程の傷跡が見えるくらいだった。

 写真をペラペラと捲りながら頭では別の事を考えていた。


 なんだか最近自分がおかしい…。気持ちが落ち着かないというか…心ここにあらずというか…。

 ――じゃあ、どこに心があるかというと…なんとなく、そうじゃないかと思ってんだけど、でも気づかないフリをしている気がする。

 ――そう、本当は判ってんだけど…。


 杏はクラス写真のある一点を見つめている。
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