【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「…………なんか、嫌になったからです」
結果、口から出てきたのは何とも中身の無い言葉だった。
「おっ、まえ……そんな下らない理由で、我が国にこのような災難を持ち込んだと言うのか!?」
またもや声を荒げ始めたタケルを、翠が「やめなさい」と叱責した。
タケルは、不満そうな顔をしながらも口を噤んだ。
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
そう謝罪をしながら、頭を下げる。
ぶらりと垂れた金の髪が嫌でも視界に入ってきた。
それを切り落としてしまいたいのか、この瞳を潰してしまいたいのか、良く分からない。
この髪さえ無ければ、きっと見つからなかったのに。
いや、それ以前にこの国にも来ていないし『神の娘』だなんて呼ばれてなかったか。
「……恐らく、祭事の時に隣国の人間が来ていたんだと思います。翠様のお祈りの時に、布を取ってしまった私が迂闊でした」
伝承とは別に、自分なりの信念を持って切らずにいた髪だけれど、今回ばかりは、よくもやってくれたなという思いが沸々と沸きあがる。
「成程、祭事の時か……確かにお告げの通り『招かれざる者』が紛れ込んだな」
喜ぶべきが嘆くべきか、翠が自嘲気味に言った。
元凶となった自分が頷くのも変な気がしたので、黙って俯いた。
「……カヤは、どうしたいと思っている?」
ふいに、翠がカヤにそう声を掛けて来た。
返すべき解は決まり切っている。
愚問とも言えるだろう。
「帰ります。ですので、書簡にありました貴女様を嫁にしたいと言う言葉は……」
特に気に止めないで下さい。
そう言葉を続けようとしたカヤを、翠が遮った。
「いや、そうではなく。カヤはどうしたいのだ?」
その質問の真意が分からず、カヤは思わず目を瞬かせる。
「え?いや、ですから帰ると申し上げておりますが……」
「違う、カヤ」
きっぱりと、短く否定して。
「私は『帰りたい』のか『帰りたくない』のか、どちらだと聴いているんだ」
逸らされる事の無いその視線は、まるで抉るように。
取って付けたようなこの虚像を切り捨てようとしてくる。
きっと、見透かされてるのだ。
その美しい指に恵みを与えられ続けたいと願う、この貪欲さを。
それを分かっていてこの人は、カヤに『選択』という慈悲をくれようとしている。
(翠。ねえ、翠)
もしかして、身の程知らずにも手を伸ばして良い?
ぐらり。
激しく揺れた理性は、しかし消えかけの声で、はっきりと囁いてきた。
"お前に選ぶ権利があるとでも?"
それもそうだ、間違いない。
「……どちらでも」
力の抜けた口から出てきたのは、馬鹿げた曖昧な答だった。
一瞬、翠が厳しく眼を細めた。
しかしそれもすぐに解くと、ようやくカヤから視線を外した。
「分かった」
奇妙に感情のない言葉に、ぐっと奥歯を噛みしめる。
そうでもしないと、慈悲と理性の両方から眼を反らした愚かな自分を押さえきれそうになかった。
「明日は早い。旅支度もあるだろうから、今日はもう帰りなさい」
翠は、もう一度もカヤを見なかった。
ただひたすら淡々とそう言うだけ。
それを実感して、押し潰されてしまうのを拒否するために
「分かりました。それでは失礼します」
そう端的に言って、カヤは逃げるように部屋を出た。
振り返る事なく部屋を出た事を少し後悔した。
最後に見ておけば良かった、と思った。
なぜなら、この部屋に来る事は二度と無いのだろうと、呆気なく予感出来たから。
結果、口から出てきたのは何とも中身の無い言葉だった。
「おっ、まえ……そんな下らない理由で、我が国にこのような災難を持ち込んだと言うのか!?」
またもや声を荒げ始めたタケルを、翠が「やめなさい」と叱責した。
タケルは、不満そうな顔をしながらも口を噤んだ。
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
そう謝罪をしながら、頭を下げる。
ぶらりと垂れた金の髪が嫌でも視界に入ってきた。
それを切り落としてしまいたいのか、この瞳を潰してしまいたいのか、良く分からない。
この髪さえ無ければ、きっと見つからなかったのに。
いや、それ以前にこの国にも来ていないし『神の娘』だなんて呼ばれてなかったか。
「……恐らく、祭事の時に隣国の人間が来ていたんだと思います。翠様のお祈りの時に、布を取ってしまった私が迂闊でした」
伝承とは別に、自分なりの信念を持って切らずにいた髪だけれど、今回ばかりは、よくもやってくれたなという思いが沸々と沸きあがる。
「成程、祭事の時か……確かにお告げの通り『招かれざる者』が紛れ込んだな」
喜ぶべきが嘆くべきか、翠が自嘲気味に言った。
元凶となった自分が頷くのも変な気がしたので、黙って俯いた。
「……カヤは、どうしたいと思っている?」
ふいに、翠がカヤにそう声を掛けて来た。
返すべき解は決まり切っている。
愚問とも言えるだろう。
「帰ります。ですので、書簡にありました貴女様を嫁にしたいと言う言葉は……」
特に気に止めないで下さい。
そう言葉を続けようとしたカヤを、翠が遮った。
「いや、そうではなく。カヤはどうしたいのだ?」
その質問の真意が分からず、カヤは思わず目を瞬かせる。
「え?いや、ですから帰ると申し上げておりますが……」
「違う、カヤ」
きっぱりと、短く否定して。
「私は『帰りたい』のか『帰りたくない』のか、どちらだと聴いているんだ」
逸らされる事の無いその視線は、まるで抉るように。
取って付けたようなこの虚像を切り捨てようとしてくる。
きっと、見透かされてるのだ。
その美しい指に恵みを与えられ続けたいと願う、この貪欲さを。
それを分かっていてこの人は、カヤに『選択』という慈悲をくれようとしている。
(翠。ねえ、翠)
もしかして、身の程知らずにも手を伸ばして良い?
ぐらり。
激しく揺れた理性は、しかし消えかけの声で、はっきりと囁いてきた。
"お前に選ぶ権利があるとでも?"
それもそうだ、間違いない。
「……どちらでも」
力の抜けた口から出てきたのは、馬鹿げた曖昧な答だった。
一瞬、翠が厳しく眼を細めた。
しかしそれもすぐに解くと、ようやくカヤから視線を外した。
「分かった」
奇妙に感情のない言葉に、ぐっと奥歯を噛みしめる。
そうでもしないと、慈悲と理性の両方から眼を反らした愚かな自分を押さえきれそうになかった。
「明日は早い。旅支度もあるだろうから、今日はもう帰りなさい」
翠は、もう一度もカヤを見なかった。
ただひたすら淡々とそう言うだけ。
それを実感して、押し潰されてしまうのを拒否するために
「分かりました。それでは失礼します」
そう端的に言って、カヤは逃げるように部屋を出た。
振り返る事なく部屋を出た事を少し後悔した。
最後に見ておけば良かった、と思った。
なぜなら、この部屋に来る事は二度と無いのだろうと、呆気なく予感出来たから。