【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……ミナトの事、すごく慕っているんですね」

ミナトが右を見れば右。左を見れば左。
ヤガミからはそんな忠誠心が溢れ出ていた。

きっとヤガミだけではなく、他の者も同じなのだろう。

「ええ。ミナト様はとても部下想いですから」

「部下想い……」

「自分に厳しく、他人には優しいお方です。タケル様のようになるのだと言って、いつも誰よりも努力していらっしゃるのですよ」

酷く熱が篭った口ぶりだ。
ミナトがあの年にして中委のお役目に付いている意味が分かった気がした。

「さ、お疲れ様でございました。着きましたよ」

気が付けば、洞窟の入口まで来ていた。
奥の暗がりに炎が灯っているのが見える。

「ありがとうございました」

「ごゆっくりお休みください」

頭を下げ、カヤはヤガミに見守られながら洞窟へと足を踏み入れた。


中は少しひんやりとしていて、そして思ったよりも深かった。

足元に気を付けながら奥へ進むと、炎の傍らには翠とタケルが座っていた。

「遅いぞ、娘」

カヤに気が付いたタケルが眉を寄せたのが見えた。

背を向けていた翠もこちらに顔を向ける。

「申し訳ありません。……あの、翠様。これクシニナさんから預かってまいりました。チカータだそうです」

昨日の夜以来、翠と話すのは初めてだった。

あんな会話の終わり方をしてなんだか気まずかったカヤは、チカータの袋を翠の目を見ないまま差し出した。

「ああ、カヤが持ってくれていたのか。ありがとう」

あくまで普段と変わらない返答。
怒っているのかいないのか、その声色からは判断出来なかった。

翠は袋の中を確認すると、それを背中に担いで立ち上がった。

「すまない、タケル。私は少し出る」

短くそう言った翠に、タケルはギョッとしたような顔して立ち上がりかけた。

「どこへ行かれるのですか!?もうすぐ食事ですぞ?」

「水浴びをしてくる。食事も今日は取らない」

「せ、せめてお供致します」

「要らぬよ。剣も持っている。あまり遠くへは行かないから」

つらつらと言って、そして翠は足早に洞窟を出て行った。
残されたタケルは複雑そうな表情をしながらも、その場にどっかりと腰を下ろす。

「……お主、食事はどうするのだ」

じろりと横目で睨まれながら、タケルにそう問われた。

「あ、いや……私も結構です」

おずおずとそう答える。
実際、寝不足と疲労と不安のせいで、とてもじゃないが食事が喉を通りそうになかったのだ。

「そうか」

そう答えたきり、タケルはむっつりと黙り込んでしまった。

耳を圧迫する沈黙の間を、パチパチと炎が爆ぜる音だけが響く。
どうにかその無言の空間に耐えていたが、やがてカヤは意を決して口を開いた。

「あの……お水だけ飲んできても宜しいでしょうか?」

さすがに、重圧に耐えかねた。

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