【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
タケルはむっつりの表情を一切変えぬまま、ぶっきらぼうに頷く。
それを確認し、カヤはそっと立ち上がって洞窟を出た。



「――――どこ行くつもりだ?」

「わっ!?」

出口から出た瞬間、真横から声を掛けられたカヤは飛び上がった。

そこには松明を持ったミナトとヤガミの姿が。
どうやら洞窟の入口を警備しているらしい。

「ちょ、ちょっとお水を飲みに」

「あ?もう日沈んだしあぶねーぞ」

ミナトの言う通り、先ほどまでは夕焼けで真っ赤に染まっていた空も真っ暗になり、星が瞬き始めていた。

「お供いたしましょうか?あちらの方に小さな池があるようですので」

ミナトとは正反対の口調で、ヤガミが向こうを指さしながらそう提案してくれる。

「あ、でも……悪いですよ。お2人とも警備してるのに」

「気になさらないで下さい。よろしいですよね、ミナト様?」

「ああ。気にすんな、ここは俺だけで大丈夫だ」

そんなミナトの言葉に、ヤガミが頬を緩める。

「さすがミナト様ですね」

「褒めても何もでねーぞ。じゃあ悪いけど頼んだ、ヤガミ」

ニッと笑ったミナトのそんな顔、初めて見た。
意地悪いものでも無く、屈託のないものでも無く、何というか大事な者を見る目。

(……知らなかった)

ミナトが、こんなにも部下の事を大切に思っているなんて。


確固とした忠誠心で結ばれているであろうその二人。
それを目の当たりにして、カヤの心になんとも言い難い感情が湧き出た。


「あ、あの……お供して頂かなくても大丈夫です」

そう言ったカヤに、ミナトが呆れたような表情を見せた。

「あ?危ないって言ってんだろーが」

「ほんの少しお水飲んでくるだけだから……本当に大丈夫!」

強めに言い切ると、ミナトはしばし沈黙した後、そっけなく言った。

「…………あっそ。気を付けろよ」

「うん」

短く頷き、背を向けて走り出した。

カヤは、来たときに登ってきた坂を横這い気味に走り、やがて足を止めた。
先ほどヤガミが言っていたらしき池にぶち当たったのだ。

後ろを振り返る。

遠くの方に、ミナトとヤガミが持つ松明の橙色がチロチロと見えた。
あの灯りを目印にすれば帰れそうな距離だ。

それを確認し、カヤは池の淵に腰を掛けて足をそっと水に付けた。
火照った体が足から徐々に冷やされていく。


――――ぱしゃん。
足で勢いよく水を弾いた。

波紋が広がり、滑らかな水面が揺蕩んでいくのが見える。

静寂を侵す熱情は、なぜか荒んでいる自分の心のようだった。



"民の幸福だ"

神官として、それが夢なのだと打ち明けた翠。


"ミナト様はとても部下想いですから"

タケルを目標にして、努力し続けるミナト。


2人とも普段はそんな事を感じさせないのに、他人のための夢を持っている。
そしてそれに向かってしっかりとした足取りで歩んでいく。

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