【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(私だって、夢を持っている)

いつか大陸に言って、自分と同じような髪を持つ人達の中で暮らすのだと。

そのために己の意志で、翠の国に留まり、世話役になった。


誰かのために、あの国から逃げたわけでは無かった。

けれど、翠に世話役になってくれと頭を下げられ、あの一瞬、馬鹿な自分は思ったのだ。


(私でも、誰かの存在意義になれるんじゃないかって)

それなのに、結局この国で誰かのために何かをする事は出来なかった。

空っぽの手を隠しながら、おめおめとあの地獄へ帰るしか。


それが悔しくて情けなくて、カヤは唇を噛んだ。
そうしなければ叫び出してしまいそうだった。

恥ずかしすぎて、目の前の池に沈んで、魚の餌にでもなってしまいたい気分だ。


(こんなところで、終わりたくない)

朧な何かの輪郭を、やっと描きかけていたのに。




「……いやだ」

ぽつりと呟いた弱音が、水面を滑った。


「何がだ?」

背後から、そんな声が投げかけられた。


「ひっ!」

心底驚いて振り向くと、何とそこには翠が立っていた。

片手には洞窟を出ていった時と同じように、チカータの袋を担いでいる。


「す、翠……吃驚した……」

一体いつからそこに居たと言うのだ。

未だバクバクと鳴り続ける心臓を落ち着かせようと深呼吸していると、翠はカヤの隣に腰かけて来た。

「お、良い感じに冷たいな」

カヤと同じように足を水面に付けながら、何食わぬ顔でそう言う。

その表情は、肩透かしを食らうほどに普段通りだった。

「……どこ行ってたの?」

「そこらへん散歩してた」

「いやいや、危ないよ……」

「それ言ったらカヤの方が危ないだろ。警戒心ないな、本当に」

仕方なさそうに翠は笑う。

良かった。怒っていたらどうしようと思ったけど、どうやらカヤの杞憂だったらしい。

安心していると、翠は手にしていた袋の中からチカータを摘まんで食べ始めた。

結構な量だが、まさか全部食べるのだろうか。

「……ねえ、それ美味しいの?」

尋ねると、明らかに熟れていないチカータを頬張りながら、翠はそれを一粒カヤに差し出した。

「食べるか?」

「え?あ、うん……」

もしかして祭事で食べた時ほどでは無くとも、それなりに美味しいのかもしれない。

そう思ってカヤは翠から受け取ったチカータを口に放り込んだ。

その瞬間、

「まっず……!?」

思わず両手で口を抑えた。

固いし甘くないし、なんなら強烈に青臭いし、とても食べれたものでは無かった。

吐き出したくなる衝動を堪えながら、カヤは必死にチカータを丸飲みする。

そして勢い良くむせ返りながら、信じられない気持ちで翠を見つめた。

「げほっ、げほ……!な、なんでこんなものっ、げほ、食べてるの!?」

必死にそう言っている最中にも、翠はチカータを口に運び続ける。
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