【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「えっ?ミズノエはハヤセミの弟なんだろっ?」

翠は、衝撃を受けたように眼を見開いた。

当然の反応だと思った。
そりゃそうだ。普通の兄は、弟を殺したりしない。

「かか様が死んでから2年程経ったくらいかな……『外に出たい』って言った私のために、ミズノエがせめて太陽の代わりに、って金色の宝石が付いた髪飾をくれたの」

数日間ほど姿を見せなかった彼が持ち帰ってきたのは、まるで太陽の光を凝縮させたような石だった。

「その髪飾りって、まさか……」

何かに気が付いたように、翠が口を開いた。

「うん、あの男達に渡したやつ。まさかの所で役に立ったよ」

そう言って、苦笑いをする。

翠と初めて出会った日、3人組の男達に渡してしまったものこそが、正にそれだった。


(今頃どこにあるんだろうなあ。取り戻したいなんて贅沢は言わないから、せめて一目だけでも見たいなあ)

数少ない持ち物の中で、一番大切にはしていたのだが。
未練がましく、いつまでも持っていたのが仇になってしまった。

(……ああ、また後悔してきてしまった)

押し寄せてきたその波を振り払うように、頭を振る。
今は懺悔する時では無い。


カヤは再び言葉を続けた。

「でもね、運悪くそれがハヤセミに知られたの。――――あの男は、ミズノエを許さなかった」

血が凍りそうな声を、表情を、未だに鮮明に覚えている。


『ミズノエ。お前はいつかこの国を裏切るだろう』

髪飾りは、きっとただのきっかけにしか過ぎなかった。

『逆乱の芽は摘ませてもらう。悪く思うなよ』

ハヤセミの眼には、いつかカヤに心を傾けすぎてしまうであろう、弟の姿が見えていたかもしれない。

あの時、何かを乞う時間すら無かった。
あの男は、にわかに信じがたいが、あの男は。

「この部屋で、私の眼の前で、ミズノエはあの男に斬られて殺された」

どうしてそんな事が出来たのか。
きっと、カヤには一生かかっても理解出来やしない。


『兄様っ、やめて下さい……兄様、兄様ぁあああ!』

あの小さな身体を、非情な程に呆気なく剣が貫いて。

『ど、して……にい、さま……』

驚愕が刻まれた表情のまま、無残にも打ち捨てられて。

『……こ、はく……ごめ……』

最後の言葉は、なぜだかカヤへの謝罪だった。

優しい彼は、きっと悟ったのだろう。
自分が死ねば、カヤを本当の意味で独りにしてしまうのだと。

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