【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
(最後の時まで、馬鹿みたいに優しかったなあ)

無力すぎる自分は、ただただ名を呼び続けるしか無かった。

『いやだ、ミズノエっ、ミズノエ……!死んじゃ嫌だよっ……』

縋った所でもう遅い。
その唇からは色が失せて行き、そして遂には瞼が閉じた。

『ミズノエ、ミズノエッ……――――!』

命の灯が、吹き消されたのだと分かった。



――――ぱたん、と。
三度目の死を突き付けられた瞬間、カヤの中で何かが蓋を閉じた。

それは、自己防衛にも似た現実逃避。




「もう、そこからは大人しく言う事を聞いて、黙って『神の娘』として過ごしてた」

物言わぬ人形のように、毎日淡々と祈り、淡々と息をする。

身長も伸びて、髪も伸びて、大切な記憶も薄れて行って。
気が付けばミズノエの顔も声も、はっきりと思い出せなくなっていた。

それが申し訳なくて、毎晩髪飾りを握り締めては眠っていた。


「……どうして、今になって逃げ出したんだ?」

翠の問いかけに、カヤは無意識に自らの腕を抱いた。

あの日まで、もう逃げ出すつもりは更々なかったのだ。
その気力さえ失せていたと言った方が正しいか。

でもこの地獄は、カヤに黙って息をして生きている事すら許してくれなかった。

「ある日たまたま聞いちゃったの。ハヤセミが私を将来的に婚姻させようとしてるって……相手は多分、弥依彦だと思う」

ぎゅっ、と腕を抱く手に力が籠った。
そうでもしなければ大きな身震いをしてしまいそうで。

「きっと私みたいな髪の人間が、もう一人欲しかったんだろうね」

傲慢な人間。
本当に、本当に、馬鹿なことを望んでいるのだと分からないのだろうか。

こんな何も出来やしない人間をもう一人増やしたところで、何にもならないのに。


「『一人で泣かない』ってミズノエと約束してたから、一応泣かずに頑張っては来たんだけど……それ聞いて、あーもう駄目だって思っちゃって」

身の毛がよだつ話を聞いた日から、自ら閉じた蓋の隙間から、じわじわと何かが這い出してきた。

一刻も早く、この国から離れなければと本能で感じたのだ。

そうでなければ、蓋だけではなく入れ物が内側から破壊されてしまうと。

「死んでも良いやって言う覚悟で逃げて、でも山で人攫いにあって、翠の国に連れていかれたの」

そこからは、翠の知っている通りだよ、と。
そう言葉を吐くけど、翠は視線を落としたまま動かない。

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