【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……あの、どうされましたか?」
ドスドスと大きな足音を立てながら前を行く背中を小走りで追う。
「少し、そなたと話しがしたい」
ぶっきら棒に言ったタケルがカヤを連れて行ったのは、翠の部屋からほど近い所に位置する、とある部屋だった。
入った事の無い部屋だ。
「入るが良い」
促され、おずおずと足を踏み入れたカヤは、いの一番に思った。
なんて男くさい部屋なのだと。
無骨で大きな斧や剣が壁に立てかけられ、何の冗談かは知らないが床の上には熊の毛皮が敷いてある。
甘い香りのする翠の部屋とは違って、この部屋はどこか汗の匂いが漂っていた。
どうやらタケルの私室らしいと言うのは、言われるまでも無く分かった。
緊張しながら床に腰を下ろすと、タケルもカヤと向き合う形でどっかりと座った。
タケルは太い眉をぎゅっと寄せ、無駄に輪郭のはっきりとした眼でカヤを見据える。
和やかな表情とは言い難い。
何を言われるのか身構えていると、タケルが静かに口を開いた。
「……話しと言うのは、先日の隣国の件なのだが」
ああ、やはりそれかと思った。
隣国での出来事の後、自国に帰ってきた翠は、屋敷の者達に事実を『少しだけ』歪曲して言い広めたようだった。
実はカヤは隣国の人間で、異質な髪のために長年囚われの身だったのだが、縁あってたまたま翠のお世話役になったこと。
しかし隣国の王が、川に毒を流されたくなければ翠を寄こせという脅しをかけてきたこと。
国を守るべく一度は了承した翠だったが、なんとカヤが我が身を挺してそれを食い止めたため、どうにか嫁に入らずに済み、無事に帰国出来たこと――――カヤがナツナやユタから聞いたのは、ざっとそんなところだ。
どうやら翠は、今回の出来事がカヤの美談となるように取り計らってくれたらしかった。
要らぬ事は省き、強調したい所はここぞとばかりに誇張してくれたおかげで、申し訳ない程にカヤに都合の良い内容となっていた。
とは言え、勿論タケルは事実を詳細に知っている。
カヤがかなりの迷惑を掛けてしまった事も、実は弥依彦に毒を盛った事も、とても公には出来ないその他諸々の事実を唯一知っている三人のうちの一人なのだ。
翠にはたっぷり灸を据えられたカヤだったが、やはりタケルからもお説教を受けるのかもしれない。
なんと言ってもカヤは二人の計画の邪魔しかしなかったのだ。
「そ、その節は多大なるご迷惑をお掛け致しました……」
先に謝っておいた方が良いだろうと察し、カヤは手を付いて頭を下げた。
これでタケルのお説教を免れるとも思えないが、しないよりは良いだろう。
だが、タケルから返ってきたのは意外な言葉だった。
「いや、それはもう良いのだが……」
え、と驚いたカヤは
「寧ろ私がそなたに謝罪をせねばならぬのだ」
その科白にさらに驚いた。
ドスドスと大きな足音を立てながら前を行く背中を小走りで追う。
「少し、そなたと話しがしたい」
ぶっきら棒に言ったタケルがカヤを連れて行ったのは、翠の部屋からほど近い所に位置する、とある部屋だった。
入った事の無い部屋だ。
「入るが良い」
促され、おずおずと足を踏み入れたカヤは、いの一番に思った。
なんて男くさい部屋なのだと。
無骨で大きな斧や剣が壁に立てかけられ、何の冗談かは知らないが床の上には熊の毛皮が敷いてある。
甘い香りのする翠の部屋とは違って、この部屋はどこか汗の匂いが漂っていた。
どうやらタケルの私室らしいと言うのは、言われるまでも無く分かった。
緊張しながら床に腰を下ろすと、タケルもカヤと向き合う形でどっかりと座った。
タケルは太い眉をぎゅっと寄せ、無駄に輪郭のはっきりとした眼でカヤを見据える。
和やかな表情とは言い難い。
何を言われるのか身構えていると、タケルが静かに口を開いた。
「……話しと言うのは、先日の隣国の件なのだが」
ああ、やはりそれかと思った。
隣国での出来事の後、自国に帰ってきた翠は、屋敷の者達に事実を『少しだけ』歪曲して言い広めたようだった。
実はカヤは隣国の人間で、異質な髪のために長年囚われの身だったのだが、縁あってたまたま翠のお世話役になったこと。
しかし隣国の王が、川に毒を流されたくなければ翠を寄こせという脅しをかけてきたこと。
国を守るべく一度は了承した翠だったが、なんとカヤが我が身を挺してそれを食い止めたため、どうにか嫁に入らずに済み、無事に帰国出来たこと――――カヤがナツナやユタから聞いたのは、ざっとそんなところだ。
どうやら翠は、今回の出来事がカヤの美談となるように取り計らってくれたらしかった。
要らぬ事は省き、強調したい所はここぞとばかりに誇張してくれたおかげで、申し訳ない程にカヤに都合の良い内容となっていた。
とは言え、勿論タケルは事実を詳細に知っている。
カヤがかなりの迷惑を掛けてしまった事も、実は弥依彦に毒を盛った事も、とても公には出来ないその他諸々の事実を唯一知っている三人のうちの一人なのだ。
翠にはたっぷり灸を据えられたカヤだったが、やはりタケルからもお説教を受けるのかもしれない。
なんと言ってもカヤは二人の計画の邪魔しかしなかったのだ。
「そ、その節は多大なるご迷惑をお掛け致しました……」
先に謝っておいた方が良いだろうと察し、カヤは手を付いて頭を下げた。
これでタケルのお説教を免れるとも思えないが、しないよりは良いだろう。
だが、タケルから返ってきたのは意外な言葉だった。
「いや、それはもう良いのだが……」
え、と驚いたカヤは
「寧ろ私がそなたに謝罪をせねばならぬのだ」
その科白にさらに驚いた。