【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「実は翠様からそなたの過去の事を少々聞いた。事細かにとまでは言わぬが、あの国がそなた達一家に対してした仕打ちを、掻い摘んでな……」

『仕打ち』とは、恐らく先代の王がカヤの父と母を葬った事だろう。


「翠様が……?」

「翠様を悪く思わんで欲しい。私のせいなのだ」

首を傾げるカヤに、タケルが慌てた様子で言った。

「帰国した後にだな、その……そなたの今後について翠様と話しをしたのだ。隣国の人間だったと分かった今、変わらず翠様の世話役として置くべきか、それとも任を解くか」

そうだったのか、と小さく衝撃を受けた。

2人ともそんな様子を一切見せなかったので、よもや自分の話をしていたとは夢にも思っていなかったのだ。

「それでだな、まあ翠様は当然そなたを世話役に置き続けると仰った。だが、正直私は躊躇っていてな……どうにも隣国でのそなたの行いが理解出来なかったもんでな……それで翠様が私を納得させるために、その事を話して下さったのだ」

タケルが、どこか気まずそうな様子で頭を掻く。

まだ話しの先が見えてこないため、ひとまず「そうなのですね」とカヤが相槌を打つと、タケルはなぜか俯き加減のまま、じっと黙り込んでしまった。

何か言いにくそうな事を口にしようとしているように見える。

カヤが大人しく待っていると、やがてタケルは、ぽつりと言葉を落とした。

「……正直私はこの国の神官様の弟として生まれ、あまり苦労せずに生きてきた」

普段のタケルからは出てこないような発言に、カヤは眼を瞬かせた。

「無論、翠様をお守りするための剣の鍛錬や、自分に与えられた職に対して手を抜いた事は無いが……何というか、周りの環境には恵まれていたのだ。翠様の弟だと言う事もあり、私に何か異論を唱える者は居た事がない。言わば、ぬるま湯に浸かっていたようなものだ」

あのタケルが、まさかカヤに向かって弱気な発言をするとは驚きだった。

普段はそんな一面を一切見せないと言うのに、大きな図体を小さくして、眼を伏せて、こんなにも赤裸々に自分の内側を曝け出している。

何とも奇妙な光景に思えた。
そして、その微妙な危うさが、なんとなく翠に似ているとも思った。

嗚呼、やはり2人は兄弟なのだと、こんな事でカヤはようやく実感する。


「だが、そなたは恐らく私とは正反対の人生であったはずだ」

ようやくタケルが眼を上げた。
ばちり、と視線がかち合う。

タケルにこんなにも真っすぐに見つめられたのは初めてだった。

「惨い仕打ちを受けたにも関わらず、そなたはあの話し合いの場で国に戻る意志を見せた。それだけでは無く、我が身を挺してまで翠様の嫁入りを止めようとした。……全てはこの国のために」

最後の言葉が、やけに腹に圧し掛かる。

タケルはそう言うが、今となっては本当にこの国を思ってした事だったのかは分からなかった。

結局は自分の良心の呵責に耐え切れなかっただけ、と言われればそれで終いだ。

< 175 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop