【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「いや、翠様は大変お綺麗なのでな……そなたが惹かれてしまう可能性も無きにしろあらずかと思ってだな……」
視線を彷徨わせながら頭を掻いたタケルの言葉を、カヤは笑い飛ばした。
「何を心配しているのかは存じませんが、私は翠様を"神官様"として慕っております。確かにお美しいお方ですけど」
そう言って散々可笑しそうに笑った後、カヤはタケルに向かって首を傾げて見せた。
今度は不思議そうな表情を張り付けて、だ。
「第一、どうやって私が翠様の純潔を奪うと言うのですか?"女"の私が?」
わざとらしい顔と、思い切り強調したその言葉が効いたらしい。
「……それなら良いのだ」
タケルが異常なほど安心した表情になったのを、カヤは見逃さなかった。
(……そうか)
タケルからの質問を切り抜けたカヤは、にわかに衝撃を受けていた。
(そう言われれば、翠と私って、男と女なのか)
当たり前のようで、当たり前では無い。
女性としての翠を見る事しか無いため、意識した事すら無かった。
(確かに、その気にさえなれば私達は子も成せる間柄だ)
そうぼんやりと考えた瞬間、ふ、と唐突に全身に湧いた。
肌を這う舌の感触、湿り気のある音、抑えつけてくる力、ぞっとする程に赤い舌。
――――生々しく、本能に満ちたあの夜。
(……いやいや、あれは灸を据えられただけだから)
鮮明に思い出してしまった洞窟での出来事を、カヤは頭から追い払った。
(というかあり得ないし、想像すら出来ない)
子を成す事は、人として当然の営みではあるだろう。
しかしそれを、あの翠と自分が?
全く馬鹿げた話である。
(そもそも、あの美しい人間に対してそんな事を思う事すら、罪深い気がする)
なんとなく反省し、それからふと疑問に思った事を口にした。
「……あの、純潔で無いといけないとなると、後継はどうするのですか?というか今まではどうしてきたのですか?」
翠は、神官は家系で決まると言っていた。
つまり翠の母上も、そのまた母上も子を成してきたはず。
純潔でないといけないと言う制約に、矛盾が生じることに気が付いたのだ。
カヤの質問に、タケルが口を開く。
「神官の力と言うものは、純潔を守り続けたとしても、年齢を重ねると共に自然と衰えていくのだ」
確かに翠は、弥依彦にそんな事を言っていた。
力が消えるのは、いつになるかは分からない、とも。
タケルは更に言葉を続ける。
「そのため、その力が衰え始めたと分かったら、色々と備えを始めるのだ。神官が数年は不在でも国が正常に動くようにな。そうして準備が整った時に、ようやく子を成し、その子がまた新たな神官として国を治めていくのだ。我が国はそうやって歴史を築いてきた」
なんとも合理的だった。
だが、やけに人間味の少ないものだ、とカヤは思う。
その歴史の中に神官の意志は1つも組み込まれては居なかった。
「では、いずれ翠様も子を成すんですね」
複雑な思いのまま言うと、タケルもまた複雑な表情で頷いた。
「……まあ、そうなるな。いずれだがな……」
こちらは、カヤとはまた違う複雑さを抱いているようだった。
男である翠が、どのような形でそんな日を迎えるのか、さっぱり想像が付いていないのだろう。
無論、それはカヤだったそうだ。
「……翠様のお子なら、きっと愛らしい子が産まれる事でしょうね」
何と言えば良いのか迷い、ひとまず常套句を口にする。
タケルはカヤの言葉に頷きながらも、しかし神妙な顔つきで呟いた。
「だが今ではないのは確実だ。今、翠様の力が無くなれば……この国は終わる」
それこそ正にこの世の終わりだ、と。
そんな絶望的な顔をして。
これ以上タケルの心配事を増やすのはあまりにも気の毒だ。
絶対に翠の秘密を知っている事を悟られないようにしよう、とカヤは密かに誓った。
視線を彷徨わせながら頭を掻いたタケルの言葉を、カヤは笑い飛ばした。
「何を心配しているのかは存じませんが、私は翠様を"神官様"として慕っております。確かにお美しいお方ですけど」
そう言って散々可笑しそうに笑った後、カヤはタケルに向かって首を傾げて見せた。
今度は不思議そうな表情を張り付けて、だ。
「第一、どうやって私が翠様の純潔を奪うと言うのですか?"女"の私が?」
わざとらしい顔と、思い切り強調したその言葉が効いたらしい。
「……それなら良いのだ」
タケルが異常なほど安心した表情になったのを、カヤは見逃さなかった。
(……そうか)
タケルからの質問を切り抜けたカヤは、にわかに衝撃を受けていた。
(そう言われれば、翠と私って、男と女なのか)
当たり前のようで、当たり前では無い。
女性としての翠を見る事しか無いため、意識した事すら無かった。
(確かに、その気にさえなれば私達は子も成せる間柄だ)
そうぼんやりと考えた瞬間、ふ、と唐突に全身に湧いた。
肌を這う舌の感触、湿り気のある音、抑えつけてくる力、ぞっとする程に赤い舌。
――――生々しく、本能に満ちたあの夜。
(……いやいや、あれは灸を据えられただけだから)
鮮明に思い出してしまった洞窟での出来事を、カヤは頭から追い払った。
(というかあり得ないし、想像すら出来ない)
子を成す事は、人として当然の営みではあるだろう。
しかしそれを、あの翠と自分が?
全く馬鹿げた話である。
(そもそも、あの美しい人間に対してそんな事を思う事すら、罪深い気がする)
なんとなく反省し、それからふと疑問に思った事を口にした。
「……あの、純潔で無いといけないとなると、後継はどうするのですか?というか今まではどうしてきたのですか?」
翠は、神官は家系で決まると言っていた。
つまり翠の母上も、そのまた母上も子を成してきたはず。
純潔でないといけないと言う制約に、矛盾が生じることに気が付いたのだ。
カヤの質問に、タケルが口を開く。
「神官の力と言うものは、純潔を守り続けたとしても、年齢を重ねると共に自然と衰えていくのだ」
確かに翠は、弥依彦にそんな事を言っていた。
力が消えるのは、いつになるかは分からない、とも。
タケルは更に言葉を続ける。
「そのため、その力が衰え始めたと分かったら、色々と備えを始めるのだ。神官が数年は不在でも国が正常に動くようにな。そうして準備が整った時に、ようやく子を成し、その子がまた新たな神官として国を治めていくのだ。我が国はそうやって歴史を築いてきた」
なんとも合理的だった。
だが、やけに人間味の少ないものだ、とカヤは思う。
その歴史の中に神官の意志は1つも組み込まれては居なかった。
「では、いずれ翠様も子を成すんですね」
複雑な思いのまま言うと、タケルもまた複雑な表情で頷いた。
「……まあ、そうなるな。いずれだがな……」
こちらは、カヤとはまた違う複雑さを抱いているようだった。
男である翠が、どのような形でそんな日を迎えるのか、さっぱり想像が付いていないのだろう。
無論、それはカヤだったそうだ。
「……翠様のお子なら、きっと愛らしい子が産まれる事でしょうね」
何と言えば良いのか迷い、ひとまず常套句を口にする。
タケルはカヤの言葉に頷きながらも、しかし神妙な顔つきで呟いた。
「だが今ではないのは確実だ。今、翠様の力が無くなれば……この国は終わる」
それこそ正にこの世の終わりだ、と。
そんな絶望的な顔をして。
これ以上タケルの心配事を増やすのはあまりにも気の毒だ。
絶対に翠の秘密を知っている事を悟られないようにしよう、とカヤは密かに誓った。