【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
カヤの返答を聞いたタケルは、何やら複雑そうな表情を浮かべる。
どうやらカヤの答えが、少しタケルの考えとは、ずれていたようだ。

「いや、そのー……なんだ……翠様のことを特別に思っていたりはしなかろうな?」

タケルが非常に言い難そうに言った。


(特別に?なんだそれ)

カヤの中で、翠は他の人とは違う存在である事は当然であった。
なんと言っても、今のカヤにとっては一番に近い存在なのだ。

特別と言えば特別だ。
しかし、それがタケルが言う特別と同じ意味なのかは分からなかった。


「特別と言いますと、どういう意味でしょう?」

疑問をそのまま口にすると、タケルが更に複雑そうな表情を浮かべた。

どう説明をすべきか迷っているようだ。
タケルは、しばし考えるそぶりを見せ、やがてゆっくりと口を開いた。

「……神官は、純潔でないといけないのだ」

その瞬間、カヤはとある事を思い出した。


"神官は純潔である必要があるのだ。力を失ってしまうのでな"

隣国で翠が嫁に入る事を承諾した際に、弥依彦に言っていた言葉だ。

あの時翠は、婚礼を交わしても神官は身体を重ねる事が出来ないと、弥依彦に説明をしていた。


「え……でも、あれは……」

翠様が男だと悟られないようにするための嘘では無いのですか?

と、言いかけたカヤは、はたと止まった。
カヤが翠は男だと知っている事を、タケルは知らないのだ。

その事が知れれば、始末されるかも――――と言うのは、以前の翠の言葉である。


「あ、あれは、弥依彦のような男と身体を重ねるのが嫌だったからではないのですか?」

焦りながら方向転換したカヤは、あまりにも弥依彦に失礼な事を口走ってしまった。
本人が聞いたら間違いなく激怒するだろう。

「……失敬な奴だな、そなたは。しかし違う。そうではない」

一瞬呆れたタケルだったが、すぐに真面目な表情でそう言う。

「神官は純潔を失うと同時に、あの力も失う。そうなってしまっては、もう終わりだ。神官では居られなくなってしまう」


色々と突っ込みたい所は多々あった。

男である翠も、それに当てはまるのか?
本当に純潔を失っただけで、力が消えるなんて馬鹿げた事があるのか?
力を失ってしまえば、翠が全てを失ってしまうような言い方はいかがなものか?

――――そして先ほどの質問は、もしやカヤが翠の純潔を奪うとでも思っての事だったのか?


そんな疑問が次から次に湧いてきたが、ぐっと堪える。
代わりにカヤは、くすくすと笑みを零した。

「タケル様ってば……私が女性を好きなように見えるのですか?」

タケルの質問の真意が分かった気がした。

恐らく彼は、何かの間違いでカヤと翠が恋仲になるのを心配しているのであろう。

しかし、翠を女性と信じ切っているであろうカヤに向かって、そんな事を直球に聞けるわけも無い。

そのため、あんな遠回りな質問をしてきたに違いなかった。

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