【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
少し前までは、屋敷の人達に受け入れられ始めていると自負していた。
単純に時間の経過のおかげと、そして翠のおかげでだ。

しかしここに来てまた、それが振り出しに戻り始めていた。

どうやら一部の人間は翠の不調をカヤが原因だと考えているらしかった。


(……そんなわけあるか)

心の中で歯噛みしながら、カヤはその噂話を振り払うようにして歩みを速めた。


(まあ確かに、そう思われるだけの見た目はしてるけど)

自覚しているし、もう諦めてもいる。
だから涙も出ないし、怒鳴り散らしたりだってするわけない。


けれど死ぬほど悔しかった。

そんな戯言を言っている人達なんかより絶対に翠が心配なのに。
自分は何処まで行っても、翠の足を引っ張る鼻つまみ者にしかなれないのだ。

それが何よりも、一番腹が立つ。






「あれまあ、今日も全然召し上がってないじゃないか」

台所にて、カヤから器を受け取ったクシニナが驚いたように言った。

「まだあまり食べれないみたいで……」

「長引くねえ……こんなんじゃ治るものも治らないよ。無理やりにでも食べさせられないのかい?」

なんともクシニナらしい明け透けな意見だった。


相手が誰であれ、あまり態度を変えないクシニナの性格が、カヤは好きだった。

現にクシニナは、カヤの良い噂が流れようが悪い噂が流れようが、接し方を全く変えてこなかった。

そのため彼女は、今の屋敷内で安心して会話が出来る数少ない人物の一人であった。


「そうしたいのは山々なんですが……」

カヤは首を横に振った。

「無理に食べると戻してしまうんです」

暗い声で言ったカヤに、クシニナもまた重たい溜息を付いた。

「屋敷中の薬草を試したけど、まさかここまで効かないとはね……」

困ったようにクシニナは眉間を抑えた。


翠が床に臥せってから初めて知ったのだが、クシニナは台所のまとめ役と、なんと医務官を兼任している人物であった。

元々は薬草関係の知識を買われて医務官としてお勤めしていたそうだが、屋敷内の食事を健康面の観点から見直すために台所のまとめ役に自ら名乗りを上げたそうだ。

正に、翠と並ぶほどの仕事の鬼である。

(ちなみにユタは、見習いの医務官としてクシニナの下に就いている)



そんなクシニナが手を尽くしても、現状翠の体調を回復させる事は出来ていなかった。

「……雪中花があればねえ」

まるで独り言のように呟いたクシニナの言葉にハッとした。

「雪中花なら治るんですか!?」

カヤは思わず詰め寄っていた。


そうだ。雪中花の根は毒にもなるが、量によっては薬にも成りうる。
それを身をもって教えてくれたのは翠だ。

一体どうして自分はその考えに至らなかっただろうか?


押し倒さんばかりの勢いのカヤに、クシニナは仰け反りながら答えた。

「う、うん、あの花は万病に効くとは言われてるから、可能性はあると思うよ」

「ぜひ一刻も早く試して下さい!お願いします!」

「こら、カヤ。落ち着きなって」

縋りつくカヤをベリッと剥がしたクシニナは、困ったように眉を下げた。

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