【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

泣きながら笑う









さらさら、さらさら。

(雨の音が、する)

穏やかで、静やかで。
瞼を錆び付かせる恐ろしい赤など洗い流し、透明に浄化する音。


さらさら、さらさら。

(怖くてどうしようもない)

ともすれば、それが崩壊の音だと知っている。


(だって、奪っていくの)

慈悲深くこの身を包む振りして、大切なものを根こそぎ、全部。


それが止む頃には、きっとカヤはまた透明に戻っているだろう。
代わりに、掌の中には何も無い。

何度だってまた繰り返す。
泥濘に足を取られて、引きずり込まれて、沈んでいく。


救済を喰わせようとしてくれる、美しい指もとろも。







―――――身体中の痛みで、眼が覚めた。


「……うっ……」

思わずうめき声が漏れる。
腕も足も顔もあちこちが痛かったが、一番主張してくる腹部の鈍痛は酷いものだった。

カヤは、ゆっくりと瞼を開いた。
目の前の景色も、そして頭の中もふわふわと霞掛かっている。

(……ここ、どこだ)

ぼんやりと瞬きを繰り返すと、視界が徐々にはっきりとしてきた。

どこかの部屋の中らしい。
カヤが横たわっている床のずっと先に入口らしき枠が見えて、かなり広い部屋なのだと分かる。

見る限り、机や調度品と言った物は一つも無かった。
殺風景な部屋に、カヤはただ一人ぽつんと寝転がっていた。

(なんでこんな所に……)

不思議に感じ、のろのろと思い起こし始めた―――――瞬間、怒涛のように鮮明な記憶が押し寄せて来た。



「っ、!」

飛び跳ねるようにして起き上がったカヤは、しかしそのまま体勢を崩して再び床に倒れ込んだ。

手首も、そして足首も縄でしっかりと縛られていた。


「……ミ、ナトッ……」

床に無様に転がりながら、カヤは身体中が冷たく凍っていくのを感じていた。

最後に残っている記憶が、しつこく何度も頭の中で繰り返される。
―――――ミナトの指が、崖下へと消えていく残酷な光景。


(嘘だ、こんなの、嘘だ)

全身がぶるぶると激しく震えていた。
心臓は五月蠅いほどに鳴り響き、呼吸は浅く乱れていく。


ミナトは、脇腹に矢を受けていた。
その矢じりが刺さったまま、恐ろしいほど激しく動いていたのだ。

とても赤かった。溢れ出た血は、地面さえも染めていた。

あれだけでも致命傷なはずなのに、崖から落ちたとなると、もうきっと―――――


「う、あ……」

辿り着きたくない答えに、カヤの喉がひくついた。


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
これは夢で、現実じゃないんだ!

だって、あのミナトがそんな簡単にどこか遠くへ行ってしまうはずがない!


(そうだよ、そんなはずがない)

カヤを小馬鹿にしたように笑って、腹の立つ悪態を付いてきて。
それでも酷く分かりにくい優しさを、不器用にくれる人。

それが消えてしまう事なんて、あっていいはずが無い―――――


「いやあぁあぁっ……!」

耐え切れず泣き声を上げた時、その音は聞こえた。

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