【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
どくどくと止め処なく、翠の右手からは赤い液体が流れ続けていた。

優しく温かな白い指が、血に浸り呼吸を止めていく。
翠の頬が、瞼が、穢されていく。汚く。汚く。


(赤い)

赤い、赤い、赤い。
そこら中が赤くて、どうしようも無い。

(気が狂いそうだ)

嗚呼、いっそ狂わせてくれ。
何も考えなくて良いのなら、是非にそうしてくれ。

(くる、しい)

息が出来ない。
永遠に溢れ出てくる血の海が、きっとカヤを溺死させる。


とと様、かか様、ミズノエ。

――――とぷん。
三人の笑顔は、一瞬後には赤の波に呑まれ、消えた。



「うっ、あ……」

それはもう恐ろしくて堪らなくなった。
逃げても逃げても逃げても、きっともう免れないと分かってしまった。

(いやだ、こんなのいやだ)

胸を掻き毟りたいような、激しい衝動に駆られる。
知らない。こんな感情、知らない。

ぢくぢくと、蹴られた腹が痛む。
頭も痛む。心臓も痛む。全てが痛む。

(痛い、痛い、痛い)

ぐにゃりと内側から歪んでいく不快感。
皮膚が捻じれて、破れて、裏返しになって、ぐちゃぐちゃになって。

熟れすぎた果実のように体液を滴らせ、カヤを赤に落としていく。

(たす、けてっ……)

どうしようもなく救済が欲しくなった。

たすけて、だれか。
わたしを。たすけてほしいの。すくって。

(翠、ねえ、翠)

無意識に伸ばした指の先には、物言わぬあの人の姿。



"――――例えそれが、修羅の道なのだとしても"

翠の美しい声が、ふわりと頭に浮かんだ。
破滅へと向かう残酷なだけの言葉。

キモチワルイ。




「っ、……う、ぐっ、……」

突如込み上げて来た吐き気に、カヤは胃の中の物を嘔吐した。

「げほっ、げほっ……!」

激しく咳き込みながら、崩れるようにしてその場に倒れ込む。


「カヤ!」

薄れゆく意識の中、タケルが慌ててこちらに近づいてくるのが見えた。


(……頭が、霞む)

ぼんやりと真っ白に染まっていく。
眼を犯す赤が、薄くなっていく。

それが嬉しくて、カヤはもう抗う事はせず、穏やかに瞼を閉じた。




混沌とする世界の中、頭の片隅だけが、やけに白かった。
色が無い。痛みも無い。何も無い、安寧の場所。

ぽっかりと空いたその静かな空間の中で、カヤはそっと膝を抱える。


どうして、今まで気が付かなかったのだろう。
そんな疑問を感じて、でもまあ良いや、と思い直す。


(だって、ようやく分かったの)

やはり自分は、絶えるべき存在だったらしい。



やけにはっきりとしたその意志に、微笑んで。
そして泣いて。
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