【完】絶えうるなら、琥珀の隙間

世界に救いを、私に傲慢を









久しぶりによく眠った。
次に意識を取り戻した時に感じたのは、そんな満足感だった。

それほど長く、そして深い眠りに落ちていた感覚だったのだ。
きっと夢すら見なかった。

だから眼が覚めた直後、カヤの頭は酷くぼんやりとしていた。


(……あれ?)

目の前には、見慣れた茅葺の天井が広がっている。
カヤが住んでいる家の天井そのものだ。


「……カヤちゃん?」

右側からそんな声が聞こえた。
優しくて温くて、好きな声。

「……ナツナ……?」

喉から出て来た自分の声があまりにも皺がれていて、驚いた。

それと同時、視界にナツナの顔がにゅっと入り込んできて、カヤは更に驚いた。

「カヤちゃん!ああ、良かった!眼が覚めたのですね!もう丸二日は眠っていたのですよ!」

その言葉に、ゆっくりと辺りを見回す。
間違いなく、住み慣れたカヤの家だ。

ナツナは眼を潤ませながら、しきりに『良かった、良かった』と繰り返す。

なぜ此処に彼女が居るのか、そして何が良かったのか、よく分からない。


(変なナツナ……)

そんな泣きそうな顔をして、一体何があったって言うんだ。

まるで何かとんでも無い事があったような―――――次の瞬間、カヤは飛び起きた。

正にとんでもない事があったのを、急激に思い出したのだ。


「す、すい様はっ……ミナトはっ……!?ふ、……ふたりは……!?」

真っ青な顔をして詰め寄るカヤを、ナツナは慌てて制止した。

「落ち着いて下さい!二人とも無事なのですよ!」

半ば叫ぶように言われ、カヤは眼を見開いた。

「ぶ、じ……?無事なの……?」

呆けたように繰り返すと、ナツナは力強く頷いた。

「はい。翠様には今タケル様が付いていらっしゃいます。ミナトにはユタちゃんが。ミナトの方は眼を覚ましたそうです。先ほどユタちゃんが言いに来てくれました」

ミナトが眼を覚ました。

その言葉をカヤは、丸々三回は反芻しなければ呑みこむことが出来なかった。

「ほ、んと……ほんとに……?生き、てる……?」

もしやカヤを落ち着かせるために、ナツナは嘘を付いているのでは無いだろうか。

冷静に考えれば彼女はそんな事しないと分かるだろうに、それでもカヤはしつこく確認をしてしまう。

「本当ですよ。ちゃんと二人とも生きています」

そんなカヤを安心させるかのように、ナツナはきっぱりと言い切った。

それから不意に優しい笑顔を浮かべると、すっぽりとカヤの頭を抱きしめた。

「もう大丈夫なのですよ。全部終わりました。だから安心してくださいな」

「全部、終わった……」

柔らかく温かなナツナの胸に抱かれながら、言葉を繰り返す。

確かにもう何処にも赤はなくて、あの錆びたような匂いもしないけれど、到底信じられなかった。

だってまだ、二人の生きた顔を見ていない。

崖下に消えて行ったミナトの手。
床に崩れ落ちた翠の身体。

強烈な絶望感に襲われたあの時の感覚を思い出し、身震いしたカヤは、ふととある事に気がついた。

「ナツナ、それ……」

枕元に白い花が横たえて置いてあったのだ。

紛れも無く雪中花だった。
確かカヤの懐に布に包んで入れてあったはずだが。
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