【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
ナツナはカヤを離すと、すまなさそうに言った。
「あ、申し訳ないのです……潰れてしまうといけないので、出させて頂きました」
「そっか……ありがとう」
そうか、そうだった、とようやく思い出す。
そもそも自分は、雪中花を取りに行ったのだった。
あまりにも色んな事がありすぎて、頭の中からそれが吹っ飛んでしまっていた。
「カヤちゃん。私、タケル様の所へ行ってきますね。カヤちゃんが眼を覚ました事をご報告しなければ」
無心で花を見つめていると、ナツナがそう言って立ち上がった。
「ちゃんと休んでいて下さいな」
出ていく間際、ナツナはそんな言葉を投げかけてから家を出て行った。
たったったっと彼女の足音が遠ざかって、やがて消えていく。
釘を刺されたにも関わらず、カヤは次の瞬間には寝床から抜け出した。
雪中花を早くクシニナに渡したかったし、何よりも二人の顔を見なければ心配で頭が可笑しくなってしまいそうだった。
「いっつ……」
立ち上がった時、ずきり、と腹が痛んだ。
なんなら身体のそこら中が痛んだ。
自分の身体を見下ろすと、腕や足のあちこちに白い包帯が巻かれている。
どうやらカヤが眠っている間に、誰かが手当てをしてくれたらしかった。
(そんなもの、もう必要無いのに)
無駄な手間を取らせてしまった事を申し訳なく思いながら、カヤは雪中花を抱き、そっと家を抜け出した。
外に出ると、驚いた事にずっと降り続けていた雨は止んでいた。
空を見上げれば、雲の隙間からは久しぶりの青空が見える。
容赦無く照り付ける日差しが眩しくて、くらくらした。
カヤの意識が無いこの二日間で、季節はすっかり夏へと移ろいだらしい。
たっぷり眠ったとは言え、相変わらず絶不調に近いこの体調にはいささか辛い気温だ。
カヤは重い足を引きずりながら歩き出した。
すぐに全身から汗が噴き出してきて、じっとりと衣を濡らす。
待ち望んだはずの雨の終わりなのに、勝手な事にも太陽も気温も全てが不快だった。
絶え間なく押し寄せる眩暈に何度もよろめきながらも、カヤはとある家の前に辿り着いた。
カヤと同じく屋敷の敷地内にあるこの家は、ミナトが住む場所だ。
入った事は一度も無いものの、かつてナツナに教えて貰ったため、場所だけは知っていた。
カヤは恐る恐る入口から中を覗いてみた。
外の明るさのせいで、真っ暗な家の中が良く見えなくて尻込みしてしまう。
ここまで来て、恐怖と不安がカヤに襲い掛かってきた。
ミナトは怒っているだろうか――――怒っているに違いない。
あんな目に合わせておいて、怒らないわけが無い。
(……きっと罵られる)
初めて会った時、ナツナに酷い態度を取ったカヤに対して、ミナトは『性格が悪い』と言い放った。
今ミナトに似たような事を言われたら、あの時とは比にならない程に辛いだろう。
二度とまともに会話をして貰えないだろうが――――せめて謝罪だけでもしなければ。
「……ミ……ミナト……?」
意を決して消え入りそうな声で呼びかけると、家の中から小さな声が返事をした。
「……カヤ?」
ミナトの低い声では無く、鈴を転がしたような声だった。ユタの声だ。
次の瞬間、ダダダダッと言う足音が聞こえ、入口からユタが飛び出してきた。
「ッカヤ!眼を覚ましたのね!良かった……!」
カヤの顔を見るなり、ユタが綻んだ笑顔を見せた。
「心配掛けてごめん……あの、ミナトは……?」
「眼を覚ましてるわよ。会って行ったら?」
「良いの……かな……」
「何言ってるの。ミナトも安心すると思うわ。ほら」
遠慮するカヤの背中を家の中へ押し込み、ユタは「少し出るから頼むわね」と言い残して何処かへ行ってしまった。
残されたカヤは、おずおずと家の中を見回し、そして文字通り固まった。
「あ、申し訳ないのです……潰れてしまうといけないので、出させて頂きました」
「そっか……ありがとう」
そうか、そうだった、とようやく思い出す。
そもそも自分は、雪中花を取りに行ったのだった。
あまりにも色んな事がありすぎて、頭の中からそれが吹っ飛んでしまっていた。
「カヤちゃん。私、タケル様の所へ行ってきますね。カヤちゃんが眼を覚ました事をご報告しなければ」
無心で花を見つめていると、ナツナがそう言って立ち上がった。
「ちゃんと休んでいて下さいな」
出ていく間際、ナツナはそんな言葉を投げかけてから家を出て行った。
たったったっと彼女の足音が遠ざかって、やがて消えていく。
釘を刺されたにも関わらず、カヤは次の瞬間には寝床から抜け出した。
雪中花を早くクシニナに渡したかったし、何よりも二人の顔を見なければ心配で頭が可笑しくなってしまいそうだった。
「いっつ……」
立ち上がった時、ずきり、と腹が痛んだ。
なんなら身体のそこら中が痛んだ。
自分の身体を見下ろすと、腕や足のあちこちに白い包帯が巻かれている。
どうやらカヤが眠っている間に、誰かが手当てをしてくれたらしかった。
(そんなもの、もう必要無いのに)
無駄な手間を取らせてしまった事を申し訳なく思いながら、カヤは雪中花を抱き、そっと家を抜け出した。
外に出ると、驚いた事にずっと降り続けていた雨は止んでいた。
空を見上げれば、雲の隙間からは久しぶりの青空が見える。
容赦無く照り付ける日差しが眩しくて、くらくらした。
カヤの意識が無いこの二日間で、季節はすっかり夏へと移ろいだらしい。
たっぷり眠ったとは言え、相変わらず絶不調に近いこの体調にはいささか辛い気温だ。
カヤは重い足を引きずりながら歩き出した。
すぐに全身から汗が噴き出してきて、じっとりと衣を濡らす。
待ち望んだはずの雨の終わりなのに、勝手な事にも太陽も気温も全てが不快だった。
絶え間なく押し寄せる眩暈に何度もよろめきながらも、カヤはとある家の前に辿り着いた。
カヤと同じく屋敷の敷地内にあるこの家は、ミナトが住む場所だ。
入った事は一度も無いものの、かつてナツナに教えて貰ったため、場所だけは知っていた。
カヤは恐る恐る入口から中を覗いてみた。
外の明るさのせいで、真っ暗な家の中が良く見えなくて尻込みしてしまう。
ここまで来て、恐怖と不安がカヤに襲い掛かってきた。
ミナトは怒っているだろうか――――怒っているに違いない。
あんな目に合わせておいて、怒らないわけが無い。
(……きっと罵られる)
初めて会った時、ナツナに酷い態度を取ったカヤに対して、ミナトは『性格が悪い』と言い放った。
今ミナトに似たような事を言われたら、あの時とは比にならない程に辛いだろう。
二度とまともに会話をして貰えないだろうが――――せめて謝罪だけでもしなければ。
「……ミ……ミナト……?」
意を決して消え入りそうな声で呼びかけると、家の中から小さな声が返事をした。
「……カヤ?」
ミナトの低い声では無く、鈴を転がしたような声だった。ユタの声だ。
次の瞬間、ダダダダッと言う足音が聞こえ、入口からユタが飛び出してきた。
「ッカヤ!眼を覚ましたのね!良かった……!」
カヤの顔を見るなり、ユタが綻んだ笑顔を見せた。
「心配掛けてごめん……あの、ミナトは……?」
「眼を覚ましてるわよ。会って行ったら?」
「良いの……かな……」
「何言ってるの。ミナトも安心すると思うわ。ほら」
遠慮するカヤの背中を家の中へ押し込み、ユタは「少し出るから頼むわね」と言い残して何処かへ行ってしまった。
残されたカヤは、おずおずと家の中を見回し、そして文字通り固まった。