【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
なんとも珍しい事に、今夜は門番は起きていて、カヤを見ると何故か控えめに道を塞いだ。
「このような夜更けにどちらへ?理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
門番にこんな事を聞かれたのは初めてだった。
カヤが驚いた表情をしたためか、門番が付け加えるように言った。
「申し訳ありません。怪しい者が居たとの情報があったため、現在警備を強化中なのでございます。念のためお聞かせ願えますか?」
なるほど。
普段は居眠りをこいているが、さすがに警戒時とあれば、しっかりと仕事をするらしい。
明確な理由を言った方が良さげだと判断したカヤは、咄嗟に口から出まかせを吐いた。
「馬が逃げ出したので捜しに行こうかと。白い馬が此処を通りませんでしたか?」
「いいえ、馬どころか人も通っていませんね」
「そうですか……」
当たり前だが、あの女はこの門を潜ってはいないらしい。
しかしあの身軽さなら、わざわざ門を潜らずとも、塀を軽々と乗り越えていきそうだ。
「まあそう言う事でしたら、どうぞお通り下さい」
「ありがとうございます」
道を開けてくれた門番にぺこりと頭を下げ、カヤは少し緊張しながら門を潜った。
少し走るとすぐに、森へ続く道と隣村へ続く道の二股にぶち当たった。
(どっちに行ったんだろう……?)
何となく森の方を見たカヤの心臓が飛び跳ねた。
木々が生い茂る暗闇の中に、チラリと白色が見えた気がしたのだ。
「あっ」
息付く間も無く森へ駆け出していた。
「お願い、待って!」
絡み付いてくる葉をに邪魔されながら、カヤはどこまでも続く闇を掻き分け走った。
木の隙間から、チラチラと白が現れ、隠れ、また垣間見える。
嗚呼、一瞬でも足を緩めれば、見失ってしまいそうだ。
「待って!待ってよ……!ねえ、貴女はっ……」
一体何者なの?
どこから来たの?
どこへ行くの?
貴女以外にも同じ髪の人は居るの?
この世界のどこかに、楽園はあるの?
―――――バシャンッ、と水の跳ねた音がした。
「あっ……」
走りに走って、いつの間にか湖に辿り着いていた。
この場所に足を運んだのは、翠と決別したあの日以来だった。
黒く塗り潰された水面を、白い人間がするすると泳いでいくのが見えた。
白魚のようその細い腕がしなやかに水を掻いて、みるみる内に岸から離れて行く。
「ま、待って……!」
ざぶんっ、と音を立てながら躊躇なく湖に飛び込んだカヤは、必死に女を追った。
慣れない泳ぎのせいで、近くは無かった距離があっという間に開いていく。
「っ待ってよ……」
ぱしゃん、と弱々しく水を掻いた腕は、やがて動きを止めた。
どうやら女は潜ってしまったようだ。
見渡す限り一面黒い景色ばかり。何処にも闇に浮かび上がる白は見えない。
――――見失ってしまった。
そう悟り、愕然とした。
カヤは肩を落とすと、女を追い掛ける事を諦め、ぷかりと身体を水面に浮かべた。
しばらくの間、そうやって湖に身を任せていた。
説明のし難い焦燥感に駆られていた。
切っ先の尖った月が頭上で煌々とした光を放っていて、それを見る事すら侘しく思うほど。
人差し指で、弧を描く背中に触れる。
空中をなぞっただけの指は、やがて力無く水中へ下ろされた。
(夢、だったのかもしれない)
そう考えると、やけにしっくり来た。
翠の事を考えすぎて可笑しくなってしまった頭が見せた幻想に違いない。
それにしては、何とも奇妙な内容ではあるが。
「このような夜更けにどちらへ?理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
門番にこんな事を聞かれたのは初めてだった。
カヤが驚いた表情をしたためか、門番が付け加えるように言った。
「申し訳ありません。怪しい者が居たとの情報があったため、現在警備を強化中なのでございます。念のためお聞かせ願えますか?」
なるほど。
普段は居眠りをこいているが、さすがに警戒時とあれば、しっかりと仕事をするらしい。
明確な理由を言った方が良さげだと判断したカヤは、咄嗟に口から出まかせを吐いた。
「馬が逃げ出したので捜しに行こうかと。白い馬が此処を通りませんでしたか?」
「いいえ、馬どころか人も通っていませんね」
「そうですか……」
当たり前だが、あの女はこの門を潜ってはいないらしい。
しかしあの身軽さなら、わざわざ門を潜らずとも、塀を軽々と乗り越えていきそうだ。
「まあそう言う事でしたら、どうぞお通り下さい」
「ありがとうございます」
道を開けてくれた門番にぺこりと頭を下げ、カヤは少し緊張しながら門を潜った。
少し走るとすぐに、森へ続く道と隣村へ続く道の二股にぶち当たった。
(どっちに行ったんだろう……?)
何となく森の方を見たカヤの心臓が飛び跳ねた。
木々が生い茂る暗闇の中に、チラリと白色が見えた気がしたのだ。
「あっ」
息付く間も無く森へ駆け出していた。
「お願い、待って!」
絡み付いてくる葉をに邪魔されながら、カヤはどこまでも続く闇を掻き分け走った。
木の隙間から、チラチラと白が現れ、隠れ、また垣間見える。
嗚呼、一瞬でも足を緩めれば、見失ってしまいそうだ。
「待って!待ってよ……!ねえ、貴女はっ……」
一体何者なの?
どこから来たの?
どこへ行くの?
貴女以外にも同じ髪の人は居るの?
この世界のどこかに、楽園はあるの?
―――――バシャンッ、と水の跳ねた音がした。
「あっ……」
走りに走って、いつの間にか湖に辿り着いていた。
この場所に足を運んだのは、翠と決別したあの日以来だった。
黒く塗り潰された水面を、白い人間がするすると泳いでいくのが見えた。
白魚のようその細い腕がしなやかに水を掻いて、みるみる内に岸から離れて行く。
「ま、待って……!」
ざぶんっ、と音を立てながら躊躇なく湖に飛び込んだカヤは、必死に女を追った。
慣れない泳ぎのせいで、近くは無かった距離があっという間に開いていく。
「っ待ってよ……」
ぱしゃん、と弱々しく水を掻いた腕は、やがて動きを止めた。
どうやら女は潜ってしまったようだ。
見渡す限り一面黒い景色ばかり。何処にも闇に浮かび上がる白は見えない。
――――見失ってしまった。
そう悟り、愕然とした。
カヤは肩を落とすと、女を追い掛ける事を諦め、ぷかりと身体を水面に浮かべた。
しばらくの間、そうやって湖に身を任せていた。
説明のし難い焦燥感に駆られていた。
切っ先の尖った月が頭上で煌々とした光を放っていて、それを見る事すら侘しく思うほど。
人差し指で、弧を描く背中に触れる。
空中をなぞっただけの指は、やがて力無く水中へ下ろされた。
(夢、だったのかもしれない)
そう考えると、やけにしっくり来た。
翠の事を考えすぎて可笑しくなってしまった頭が見せた幻想に違いない。
それにしては、何とも奇妙な内容ではあるが。