【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「カヤ、こっちだ……!」

少し焦った様な声と共に、カヤはそのまま翠に引っ張られた。

二人は水音を立てないよう、岸辺側に泳いだ。

その間にも松明の光と、人の声はもうすごそこまで迫ってきていた。

今から岸に上がって、見つかる事なく逃げる暇など無さそうだ。

そのため二人は水中を移動し、湖面にまで届きそうなほど生い茂っている茂みの陰に、どうにか姿を隠した。

隠れた場所は岸辺に近いためか、カヤの身長でもどうにか水底に足が付いた。

顎まで水に浸かり、息をひそめてじっとしていると、やがて木々を掻き分けながら四人の兵達が岸辺に降り立ってきた。

男達は松明をかざしながら、辺りを捜索している。


「……うちの兵は仕事熱心すぎるな」

カヤと同じく様子を伺っていた翠が、深くため息を付いた。

「悪いな。多分、俺のこと追ってきたんだと思う」

「……翠の事を?」

「ああ。屋敷の塀を乗り越えるところを見られた。今日に限って屋敷の裏手に兵が多く居てな……普段はあんな所、ほとんど兵は配置してないんだけどな」

不思議そうに首を捻る翠をよそに、カヤは一人で納得してしまった。

察するに、あの女性が屋敷に侵入しようとしたところを兵に見つかってしまったせいで警備が強まったのだろう。

そして、折り悪く夜の散歩に繰り出そうとしていた翠が、その侵入者と誤解されてしまったに違いない。


「えっと……屋敷に侵入しようとした人が居たらしいから、そのせいじゃないかな……?」

ぼそぼそと言えば、翠は途端に真面目な表情になった。

「そうなのか?どんな奴だ?」

「わ、分からない。ヤガミさんに聞いただけだから」

慌てて首を振る。

いくら翠とは言え、あの女の人の事を話すのは止めた方が良い気がしたのだ。

翠は「そうか……」と言って、何か考えているような素振りを見せる。

しかし、すぐに「ん?」と疑問めいた声を発した。

「その話を聞いてたのに、カヤは此処まで来たのか?こんな夜更けに?一人で?」

……しまった。
墓穴を掘ってしまった。


「す、翠こそどうなの?今回はたまたま捕まらなかったから良かったものの、危ないよ?コウの姿で出歩くのは」

焦って咄嗟に反論してしまった結果、翠の目元が厳しく細められた。

あ、怒られる。
咄嗟に身構えた瞬間、翠が「あ」と声を上げた。

再び岸辺を見やったカヤは、さっと青ざめた。
屋敷の兵達が、今まさに何かを拾い上げたのだ。


(最悪だ)

それは翠が投げ捨てた布だった。

あんなの、たった今まで誰かがそこに居ましたと言っているようなものだ。




「……しまったな」

溜息交じりに呟いた翠は、それから自分の腕を見下ろした。

水に飛び込む前はしっかり褐色に塗られていたであろう肌は、今やすっかり元の肌の色に戻っている。

勿論、翠の顔もまた、白く滑らかな肌が剥き出しになっていた。

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