【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……怒ってるのか?」
伺うような、そんな声が耳元で囁いた。
この人が発する声の中で一番狡い声。
「……え?な、なに……?」
「この前はごめん。気を悪くさせること言って」
他人行儀な物言いをするようになったな―――――と、あの時の冷たい声色は、今でも忘れられない。
(気を悪くさせたって自覚あったのか)
それなのに何故、翠ともあろう人があんな事を吐いたのだ。
正直問い詰めたい気持ちはあるが、それをぐっと飲みこみ、カヤは勤めて普通の声色を装った。心臓はまだ煩いが。
「ぜ、全然気にしてないよ。ただの冗談だったんだよね?」
「……違う」
「え」
予想外だった返しに、カヤは狼狽えた。
わざと翠が頷きやすい言葉を選んだのに、よもや否定されるとは。
「えーっと……じゃあただの嫌味だったんですかね……?」
引き攣りながら言うと、肩に乗っかっていた翠の頭が小さく横に振られた。
「……っそれも違う……そうじゃない……」
絞り出すような声があまりにも苦しそうで、「じゃあ何?」と問おうとした言葉は、音にならなかった。
「ごめん……俺、最近可笑しいんだ……本当にごめん」
そう言って翠は、心臓を鷲掴むような声で詫びる。
「起きてても寝てても、全然駄目なんだ。全く集中出来なくて、ずっとずっと同じ事ばっかり考えてる」
それはまるで、カヤの心をそのまま写し取ったかのような。
どくん、どくん、と心臓が更に速度を増して行く。
壊れてしまいそうだ、と恐ろしくなるほどに。
(同じだ……)
あと一つだけ。あとたった一つだけ条件が揃えば―――――翠はまさしくカヤと同じ悩みを抱いている。
知りたい、と思った。
暴きたい。曝け出してほしい。
無性にそう感じて、カヤは震える唇で傲慢な期待を紡いだ。
「ねえ……それって"何の事"を考えてるの?」
投げかけたカヤの問いに答えるように、ぐっと翠の腕に力が籠った。
翠は何も言わない。
ただ、無言の唇よりも、その腕の方がずっとずっと饒舌だった。
―――――悟ってしまった瞬間、甘い眩暈がした。
「……あの日」
言葉を失ったままのカヤに、翠がぽつりと言う。
「カヤの元気そうな顔を見れて、嬉しかったのは本当なんだ。でも、なんであんな事言ったのか……良く分からない」
巻き付く腕が、絡み付く足が、縋りつく声が。
一つ残らずカヤに触れている。まっすぐに向いている。
「……自分で自分が分からない」
まるで全てが、カヤの物みたいに。
「翠……それって……」
全身ずぶ濡れなのに、喉はどうしようも無く乾ききっていて、そのためカヤの声は酷く擦れていた。
答えを欲している彼に教えてあげたいのに。
それなのに、どうしても言葉を成さない。
口にすれば何かとても恐ろしい事が起きるような気がしてしまう気がして。
(同じだよ、ねえ、翠、同じだ)
私達が抱く、この心情の名はね、きっと――――――
「……居たか……!?」
「……いや……こっちじゃないか……!?」
にわかに人の声がした。
カヤも翠も、ハッとして声が聞こえる方角を向く。
岸の向こう側に広がっている森の中から、チロチロと小さな松明の炎が複数見えた。
一瞬で血の気が引いた。
屋敷の兵達が、この森にまで捜索をしに来たのだ。
伺うような、そんな声が耳元で囁いた。
この人が発する声の中で一番狡い声。
「……え?な、なに……?」
「この前はごめん。気を悪くさせること言って」
他人行儀な物言いをするようになったな―――――と、あの時の冷たい声色は、今でも忘れられない。
(気を悪くさせたって自覚あったのか)
それなのに何故、翠ともあろう人があんな事を吐いたのだ。
正直問い詰めたい気持ちはあるが、それをぐっと飲みこみ、カヤは勤めて普通の声色を装った。心臓はまだ煩いが。
「ぜ、全然気にしてないよ。ただの冗談だったんだよね?」
「……違う」
「え」
予想外だった返しに、カヤは狼狽えた。
わざと翠が頷きやすい言葉を選んだのに、よもや否定されるとは。
「えーっと……じゃあただの嫌味だったんですかね……?」
引き攣りながら言うと、肩に乗っかっていた翠の頭が小さく横に振られた。
「……っそれも違う……そうじゃない……」
絞り出すような声があまりにも苦しそうで、「じゃあ何?」と問おうとした言葉は、音にならなかった。
「ごめん……俺、最近可笑しいんだ……本当にごめん」
そう言って翠は、心臓を鷲掴むような声で詫びる。
「起きてても寝てても、全然駄目なんだ。全く集中出来なくて、ずっとずっと同じ事ばっかり考えてる」
それはまるで、カヤの心をそのまま写し取ったかのような。
どくん、どくん、と心臓が更に速度を増して行く。
壊れてしまいそうだ、と恐ろしくなるほどに。
(同じだ……)
あと一つだけ。あとたった一つだけ条件が揃えば―――――翠はまさしくカヤと同じ悩みを抱いている。
知りたい、と思った。
暴きたい。曝け出してほしい。
無性にそう感じて、カヤは震える唇で傲慢な期待を紡いだ。
「ねえ……それって"何の事"を考えてるの?」
投げかけたカヤの問いに答えるように、ぐっと翠の腕に力が籠った。
翠は何も言わない。
ただ、無言の唇よりも、その腕の方がずっとずっと饒舌だった。
―――――悟ってしまった瞬間、甘い眩暈がした。
「……あの日」
言葉を失ったままのカヤに、翠がぽつりと言う。
「カヤの元気そうな顔を見れて、嬉しかったのは本当なんだ。でも、なんであんな事言ったのか……良く分からない」
巻き付く腕が、絡み付く足が、縋りつく声が。
一つ残らずカヤに触れている。まっすぐに向いている。
「……自分で自分が分からない」
まるで全てが、カヤの物みたいに。
「翠……それって……」
全身ずぶ濡れなのに、喉はどうしようも無く乾ききっていて、そのためカヤの声は酷く擦れていた。
答えを欲している彼に教えてあげたいのに。
それなのに、どうしても言葉を成さない。
口にすれば何かとても恐ろしい事が起きるような気がしてしまう気がして。
(同じだよ、ねえ、翠、同じだ)
私達が抱く、この心情の名はね、きっと――――――
「……居たか……!?」
「……いや……こっちじゃないか……!?」
にわかに人の声がした。
カヤも翠も、ハッとして声が聞こえる方角を向く。
岸の向こう側に広がっている森の中から、チロチロと小さな松明の炎が複数見えた。
一瞬で血の気が引いた。
屋敷の兵達が、この森にまで捜索をしに来たのだ。