【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
一目で特別な牢なのだと分かった。

脱獄防止の為か、他の独房とは違い、柵と言うよりもぴっちりと隙間なく石壁が積まれ、入口には重そうな鉄の扉が鎮座している。

牢の中の様子は一切見えない。
どうやら、完全なる密室のようだ。


その牢の前には四人もの兵が配置されており、翠を見ると頭を下げた。

「すまないが、外してくれるか」

翠の言葉に兵達は頷き、その独房から離れて行った。

そしてその姿も足音も完全に消えた後、タケルが牢の錠前を外しに掛かった。

見たこともないほどに立派な錠前は、扉の上部、真ん中、下部の三か所に取り付けられている。

何が何でも囚人の脱走を防ごうとする強固な意志を感じた。



やがて全ての錠前を外し終わったタケルが、翠を振り返った。

「開けますぞ」

「ああ」

ギギ……と重たい扉が開く。

隙間から見えた独房の中は、見事な程に真っ暗だった。
牢の間自体が暗いのに、それよりも、ずっとずっと。

ゆっくりと勿体ぶるように扉が開いていき、外の光が徐々に中を照らしていく。

(どうか、あの人じゃありませんようにっ……)

カヤの緊張が最高潮に達した。


「……あ」

そして独房の中が露わになった時、口から諦めに似た声が漏れ出た。


石壁に囲まれた灰色の世界の中、混じり気の無い白が一色だけ在った。

あの日見惚れた、完璧な白。
―――間違い無くあの人だった。


女は腕を後ろ手で縛られ、足首もしっかりと拘束されていた。

相変わらず今日も質素な衣に身を包んでいて、しかも数日前に会った時よりも、あちこち薄汚れている。

きっと山の中を逃げ回っていたためだろう。

だと言うのに、彼女が纏う光は相変わらずどこまでも透き通っていた。


「お、まっ……」

カヤを見た瞬間、女の端正な顔に驚きが浮かんだ。


(やっぱりあの人だ……)

薄かった希望が完全に立ち消え、絶望感に侵されたカヤは、視線を落として俯いた。

もう駄目だ。もう終わりだ。

きっと次に視線を上げた時、翠はこちらを軽蔑したような眼で見ているに違いない―――――


「こんな所まで連れてきてすまなかったな。見ての通り間者はあのような容姿でな。まあ関係は無いだろうが、一応カヤにも見てもらおうと思ったのだよ」

言葉を失っていたカヤは、残念ながら翠の言った事を半分以上聞いていなかった。

「え……えっ?も、申し訳ありません、もう一度よろしいですか……?」

焦りながら顔を上げたカヤに、なぜか翠は苦笑いを浮かべた。

「驚くのも無理は無い。似たような髪の者に会ったのは初めてであろう?」

「……え、あ……はい……?」

未だに心臓はバクバクと煩いが、何やら予想していた話しの流れとは違う事に、カヤはようやく気が付き始めていた。


「本当は間者などに会わせたくは無かったのだが、もしや同じ血筋の者ではと思ってな。まあ……見る限り顔立ちも異なっているし、その線は無さそうだな」

女とカヤを見比べながら、翠はそう呟く。

その隣で、カヤはヘナヘナとその場に座り込みそうになっていた。

< 276 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop