【完】絶えうるなら、琥珀の隙間
「……ふーん」

意味ありげに呟いたミナトを、カヤは訝しげに見やる。

「何さ」

「別に」

そう短く言って、ミナトがもう一度リンに水を浴びせた時だった。


「おーい、カヤー……!」

黄昏の中、馬小屋に向かって誰かが走って来るのが見えた。

二人は手を止め、ドスドスと走って来るその黒い影を見つめる。

何とも見覚えのある影だ。あの熊のような図体は、タケルに違いない。


「カヤ、すまぬが共に来てくれ!」

馬小屋に着くなり、急いたようにタケルが言った。

「ど、どうされたのですか?」

そのただならぬ様子に、カヤは若干後ずさりながら尋ねる。


上手く言えないが、とんでもなく嫌な予感がした。

例えば、そう、もしかしてもしかすると、この数日ずっとカヤを悩ませている事に関係しているのでは、と――――


「例の間者を捕らえたのだ!すぐに来てほしい、と翠様が仰っておる!」


嗚呼、やはり嘘を付くと、ろくな事が無いらしい。







「ああ、すまないな。カヤ」

タケルに連れられて行った先に、既に翠は居た。
腕を組んで、何やら険しい表情をしている。


カヤは、屋敷の奥に位置している牢の間に連れてこられていた。

この場所を訪れるのが初めてのカヤは、おどおどと辺りを見回した。

厳重な柵が取り付けられている小さな独房が、左右にズラリと並んでいる。

屋敷は基本的に木造なのだが、この界隈だけは脱走を防ぐためなのか、天井も壁も強固な石造りのようだ。

どこか肌寒く、薄暗い。ずっと居ると気が滅入ってしまいそうな場所だった。


以前聞いた話によると、軽い罪を犯した者はこの屋敷の牢ではなく、村外れにある罪人専用の建物に収監されるそうだ。

しかし、非常に重い罪を犯した者や特殊な罪人は、翠のお膝元であるこの特別牢に入れられ、厳しい監視下に置かれるらしい。

あの膳も、この牢に入っていたと言う話だ。


間者が囚われるには相応しい場所なのかもしれないが、一体なぜカヤがこんな所に呼び出されたのか。

今、思い浮かぶ理由なんて一つしかない。

(……嘘を付いたのが露見した)

もう最高に気分が悪かった。

心臓が暴れまくっているし、先ほどから冷や汗が止まらない。



「あの……間者が捕まったと聴いたのですが……」

どうにかこうにか言葉を吐くと、翠がカヤを手招きをした。

「ああ。少しカヤにも見て欲しくてな。こちらだ」

そう言って、翠は建物の奥に向けて歩き出した。

独房の間を悠然と通り抜けていく翠の後ろをタケルが大股で歩き、更にその後をカヤがおっかなびっくり追いかける。

道すがらに牢の中をチラリと見てみたが、どうやら今はどの場所にも人は入っていないようだった。


(……私もこの内のどれかに入るのかな)

間者を庇った罪はどれくらい重いのだろう?
膳の罪よりも重いのだろうか?
もしや、一生この牢に居る事になるのでは?

そう考えると、胃が一段ガクンと下がったような気持ち悪さに襲われた。


――――嗚呼、翠に詫びる言葉が見つからない。




吐きそうになっていると、ふと目の前の翠達が足を止めた。

「ここだ」

そこは、牢の間の最奥に配置されている独房だった。

< 275 / 637 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop